副長の隠し子
周囲をみまわしてみると、その気のきく男と西郷以外が、鼾をかいて眠っている。
あ、訂正しておこう。イケメンはトイレにいかないのと同様、眠っていても鼾をかいたり寝言はいわないのである。
おれと同様、それぞれに掛け布団がかけられている。しかし、暑がりの永倉は、布団をはいでしまっている。
掛け直してやろうと上半身を起こすと、倦怠感に襲われた。
二日酔い?
たしかに、いつもよりかは呑んでしまった。もう二度と酒を酌み交わすことのないであろう半次郎ちゃんや別府と、剣術の話や馬鹿話で盛り上がってしまった。そういうわけで、ついつい調子にのって杯を重ねたのである。本場の芋焼酎が想像していたのより呑み口がよかったから、というのもある。
さらには、俊春が先夜の蕎麦粉の残りでつくったといって、蕎麦がきをだしてくれた。もちろん、ほかにも塩漬け豚肉を炙ったのとか、だし巻き玉子とかもつくってくれた。
あれだけカツ丼を喰ったというのに、しかも真夜中だというのに、がっつり喰ってしまったのである。
ってか、おれがこれだけ食に貪欲で、しかも我慢ができぬ根性なしだったとは……。
あらためて気がつかされた次第である。
おれでもこんなていたらくである。
永倉や島田、それに野村や別府に「自制心」、という概念があるわけもない。四人とも、ひかえめにいってもめっちゃ喰ってた。喰いまくってた。
副長と半次郎ちゃんにいたっては、かたやムダに恰好をつけまくり、かたやお上品に、それぞれ堪能していた。
「女子やったら、いっきでも嫁にもらうところじゃ」
半次郎ちゃんは、俊春のことをそう評価した。
つまりかれは、俊春をお料理上手認定したのである。
うん、半次郎ちゃん。それは、全員がそう思っています。
だれもが、心のなかでかれに同意してうなずいたはずである。
「ふふん。で、あろう?自慢の子だからな」
副長が、ドヤ顔でわが子自慢をはじめた。どうやら、俊春は副長の剣術の弟子から、才色兼備な子どもになったらしい。
「おいおい、土方さん。餓鬼自慢はいいが、それは笑えぬぞ。ぽちたまがあんたの隠し子だっつっても、納得してしまうかもしれぬ。ぽちは兎も角、たまはそっくりだからな。出会って最初のころはさほど感じなかったが、とくに軍服を着用するようになってからは、幾度たまを土方さんって呼びそうになったことか。まぁ、ぽちも雰囲気はあんたに似てはいるが……。きっとぽちは、母親似にちがいない。繰り返すが、たまはあんたに激似だ。クリソツとしか申しようがない」
永倉は、蕎麦がきを口に運ぶ箸をとめていった。あっ、訂正しよう。箸をもつ掌はとまったが、それは徳利をつかむためであった。かれはいっきに持論をぶってから、徳利をつかんでかたむけ、「ごくごく」と牛乳を呑むみたいに芋焼酎をあおった。
内容も衝撃的であったが、呑み方も衝撃的すぎる。
いったい、どんだけ酒豪なんだ?正直、ひいてしまった。
「ちょっとまちやがれ、新八。だとすりゃぁ、年齢があわねぇじゃねぇか。ぽちたまがおれの餓鬼とすりゃぁ、どう見積もったってまだ元服してねぇ年齢でなきゃおかしいだろうが。それこそ、新撰組の餓鬼どもくらいの年齢じゃねぇとな」
「たしかにそうですよね。まぁ、副長は子どもの時分からそういう方面にかけてはかなりイタかったらしいですし、十歳とかそのあたりで生まれたのなら、年齢はあうんじゃないですか?」
「なんだと、主計?この野郎っ!おれのことをいったいどうみてやがる。いくらおれでも、十歳かそこらで女子を孕ませ……」
激怒からのフェードアウト。
なんだ。やっぱり心当たりがあるんじゃないですか、副長?
「あははは!ヒィ・イズ・ア・パーバート!」
ちょっ……。
またしても、現代っ子バイリンガル野村の暴言である。
「いまのはどういう意味なのかな?」
もちろん、好奇心旺盛な永遠の少年島田が、いまの英語をしりたがるにきまっているよな。
「いいんですよ、島田先生。いまの訳をきいたところで、まったく、まーったく役に立たないんですから」
「それでもかまわぬ。知識は邪魔になるものではないからな」
なんと、島田が学校の先生みたいなことをいってきた。
「いまのは……」
「ぽちっ、ストップ!」
「副長のことをすけべ……」
「ぽちっ、まてっ!」
いらぬことをのたまおうとする俊春に、つい犬に命じるみたいに怒鳴ってしまった。
「ウウウウウウウウウウッ」
ああああ……。
相棒が、またしても俊春かわいさにおれにたいして牙をむいている。
『なんでこんな展開ばかりやねん?なんの話しとったか、忘れてしもたわ』
って関西弁でつぶやきつつ、がっくり両肩を落としてしまった。
結局、俊春は島田に、野村のいった暴言の意味を教えてやった。
『かれはスケベ野郎』
だと、トランスレイトしたのである。
そして副長は、暴言を吐いた野村ではなく、おれに拳固を喰らわせたのであった。




