半次郎ちゃんのいい人
「またまた、桐野先生。桐野先生だってスミに置けないじゃないですか。京にいい女性がいらっしゃったでしょう?」
だから、イケメンが口をひらくよりもはやく、半次郎ちゃんをからかった。
小指を立てつつ問うと、半次郎ちゃんは真っ赤になってうつむいてしまった。
「新撰組の監察方は優秀ですから。ちゃんと調べてたんですよ」
副長が驚きの表情でこっちをみている。
ふふっ、ざまあみろ。
副長に向かって愛想笑いを浮かべつつ、心のなかでドヤ顔になる。
このことは、新撰組の監察方が調べたことではない。ウィキでしったことである。
かれのいい女性は、局長や永倉や原田のように芸妓ではない。京の四条にある煙管店の娘さんである。ウィキには二人で撮った写真も載っている。
監察方が調べそうなスクープであるから、そうしておこうと思っただけである。それに、副長を驚かせたかったってこともある。
「ねぇ、副長?」
そして、副長にふってみた。心のなかのドヤ顔も、いまはありありとでているだろう。
「あ、ああ。そういや、そうだったな」
副長は、自分の自慢話の腰を折られまくり、こっちをめっちゃにらみつけながらも話をあわせてきた。
「まっ、いい女子がいるだけまだましってもんだ。なぁ、主計?」
ちっ!やり返されてしまった。
はいはい。どうせおれはモテませんよ。
副長や双子といっしょにいるかぎり、おれのモテ期はやってはこないだろう。
玄関で軍靴を脱ぎ、廊下をあるきはじめると、副長が半次郎ちゃんの背に問いかけた。
「それで、その女子とはそれっきりなのか?」
すると、半次郎ちゃんは歩をとめ、体ごとこちらへ向き直った。
俊春は相棒と一緒に庭のほうへまわるらしい。
ってか、本来はおれがいかなければならないんだが……。
「そうじゃなあ。いまんおいどんには、女子より西郷さぁんほうが大切じゃっで」
ぽつりと答えたその半次郎ちゃんの表情がジワる。
煙管店の娘さんのことが、よほど好きだったんだろう。
どっかのイケメンの火遊びとはちがい、マジな交際だったにちがいない。
って、また副長ににらまれてしまった。
「ああ。そのほうが半次郎ちゃんらしいな」
副長は、おれから半次郎ちゃんへと視線をもどしてから苦笑する。
たしかにそうかもしれない。
根っからの剣士は、女性にあまり興味がない。もちろん、男性にも。宮本武蔵がそうであるように。
「二天一流兵法」の開祖である武蔵は、生涯、妻を娶らなかった。晩年は、霊巌洞というところにこもり、有名な「五輪書」を執筆して残している。
身近でも双子がそうだし、斎藤や沖田だって浮いた話がない。永倉は、伴侶である小常さんを亡くしてからは、女性に興味がなさそうにみえる。
ふふん。もちろん、おれだってそうである。
「いいかげんにしやがれ。おまえは、女子に見向きもされねぇだけだろうが、ええっ?」
なっ・・・・・・。
副長にぴしゃりとダメだしをされてしまった。いや、ツッコまれたのか?
わかってますって。おれはどうせ、モテないって理由で孤独なんですよ。
「おうっ!はやかったな」
いつもの部屋にゆくと、永倉と島田がサシで呑んでいる。西郷は、ついさきほど寝所にひきとったという。
「西郷さぁは、夜更かしが苦手なんや」
半次郎ちゃんが苦笑とともに教えてくれた。
「ぽちが酒肴をもってきてくれる。呑むだろう?」
永倉がそう尋ねたのは、半次郎ちゃんにである。
「おっと、主計。無論、おまえもだ」
そしてやっと、おれという存在に気がついたらしい。
「ええ。オールはさすがに無理ですが、あともうすこしなら。あっ、オールというのは徹夜という意味です」
好奇心旺盛な永遠の少年島田に問われるまえに、解説しておく。
その島田から庭に視線を向けると、相棒はすでに丸くなって眠っている。
「おおおおおっと、土方さん。あんたは、褥で女子といっしょか諸用でないかぎり、夜更かしはせぬであろう?」
永倉は、だまっている副長にたずねてからガハハと笑う。
「そうだな。しかし、せっかくだ。今宵は女子はおらぬが、たまには野郎ども相手に夜更かしもよかろう」
さすがはイケメン。神対応である。
結局、それからたっぷり二時間は呑んだ。途中、野村と別府も乱入してきて、野郎ばかりだがけっこう盛り上がった。
ああっ、くそっ!
パッと目覚めたら、すでに室内が明るくなっている。呑みながら落ちてしまったようなものである。つまり、またしても準備してくれている寝所ではなく、呑んでいる部屋で眠っていたのである。が、体の上に薄手の掛け布団がかけられていることに気がついた。それを腹のあたりまでずらしてみた。すると、ひんやりとした空気が肩と胸あたりにまとわりつく。
わお・・・・・・。
前日の朝とちがい、ずいぶんと涼しい朝である。この掛け布団がなかったら、風邪をひいたか腹をくだしたか、あるいは両方に襲われたかもしれない。
こんな気の利いたことをだれがしてくれたかは、かんがえるまでもないだろう。




