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海江田を送って……

 海江田は、酒がはいっているせいか機嫌よくあるいている。まあ、あれだけ呑んだのだ。機嫌もよくなるだろう。が、まったく脚にきているわけでもなく、しっかりとあるいている。

 それこそ、路地から刺客が飛びだしてきても冷静に対処できそうだ。


 蔵屋敷に一人でやってきて、一人でかえるつもりだったのがうなずける。


 海江田と半次郎ちゃんが先頭をゆき、そのつぎに副長とおれ、最後尾に俊春と相棒がつづいている。が、海江田はおなじ藩どうしの半次郎ちゃんとすら、話をするでもない。


 一方、おれのうしろをあるいている俊春は、ずっと相棒と謎トークをしている。かれのささやき声がうしろから流れてくるが、その内容はおれの悪口みたいである。っていうか、相棒が不平不満を並べ立てるのを、俊春がきいてやっているという感じである。


 おれは、相棒にストレスを与えつづけているってわけなのか。


 宿舎として接収している長屋への入り口に、四名の兵士が立っている。いずれも銃をもっていて、ちょっとダラダラしていたようだが、海江田の姿を認めた瞬間、直立不動の姿勢をとる。


「送ってもろうて礼をいう」


 海江田は、その四名の見張り番に声が届かぬところで歩をとめた。それから、おれたちのほうへと向き直って軽く頭を下げる。


「つぎに会うこっがあれば、そんときには全力をもって挑もごたって思う」


 海江田は、ソプラノボイスを落としていってからにんまりと笑みを浮かべた。


「新撰組ん副長土方さぁ、会えてよかった。面識はなかが、近藤さぁのこっは心からお悔やみ申し上ぐっ」


 かれは、深々とこうべをたれた。


 気がついていたんだ……。


「「狂い犬」、すまんかった。正直なところ、おめには二度と会おごたなかなあ。おいどんも命は惜しかで。戦場いくさばであろうと褥であろうと、おめを手懐けっことはできんやろう」


 海江田は、苦笑とともに肩をすくめる。


「海江田さん、こっちこそ礼を申す。近藤も、あんたのようなまっすぐなおとこと会いたかったろう。それと、西郷さんのまえで恥をかかせちまった。すまなかったな」


 副長は素直にお悔やみを受け入れ、礼と詫びをいれる。


「褥のほうは兎も角、戦場いくさばにおいては容赦はいたしませぬ。それから、わたしの本業は暗殺です。命じられれば、いかなる獲物でも確実に殺るだけの腕がございます。会わぬ方が、おたがいのためでしょう」


 これは俊春である。副長の命があれば、海江田を殺ることなどたやすい。それどころか、どんな人物だって殺れる。


 それが大言壮語ではないことを、海江田は自分の身をもってしっている。


 その海江田の相貌かおに、また苦笑が浮かんだ。


 おれたちは、握手をかわしてから別れた。


 史実どおりゆけば、海江田と直接戦うことはない。

 どちらにとっても幸運であろう。


 こうしてしばしの間でもすごしたのである。生死をかけ、死力を尽くして殺し合うなんてこと、したくはない。


 きっと、海江田もおなじ想いにちがいない。


 

 さすがに、副長もつかれているようである。


 かえりはだれもなにもいわず、通りをただひたすらあるいた。

 

 副長だけではない。相棒も、おれへの不満をいいつかれたらしい。俊春も口を開かず、うしろをひっそりとついてきている。

 

 副長をまんなかにはさみ、半次郎ちゃんと三人で並んであるいている。


 あの運命の雨の日の夜のことをかんがえると、すごいショットである。


 襲撃者と被害者、そこに闖入者、もといかっこよく助けに入った英雄という構図なのだから。


「よく誘いにのったもんだな、半次郎ちゃん。西郷さんを残して、不安じゃないのか?」


 あともうすこしで蔵屋敷というところで、副長が心地よい静けさを破った。


 そう。だれもなにもしゃべらずに沈黙がつづいていたが、それはけっして重苦しいものでも違和感のあるものでもなかった。

 かえって居心地がいい。そういう類の静けさである。


「新八の腕なら、警備兵などあっという間だ」


 半次郎ちゃんがだまっているので、副長がつづける。


「たしかに腕はそうやろう。じゃっどん、あん男はそげんこっはしもはん。おいどんとはちがって、まっすぐな男じゃ。いや、まっすぐすぎる。なにより、約定した。あん男は、自分げったことをたげるような真似はぜってにしもはん。そうじゃなかと?」


 半次郎ちゃんはしばし思案していたようだが、穏やかな口調で述べた。


 強き者は強き者をしる、というわけだ。

 かれは、じつによく永倉の本質を見抜いている。ってか、永倉がそれだけ単純なのかもしれない。


「一本取られたな。そのとおりだ。新八は、まっすぐすぎる。だが、おれにとっては、それがいい手本になっている」


 意外である。副長が永倉をまっすぐのお手本にしているなんて。

 

 なら、なにゆえ見習わぬのか?


 って、また副長ににらまれた。


「ならば、おぬし自身は?主計は兎も角、ぽちの腕はわかっているだろう?」


 意外である。おれしか引き合いにださなかったということは、副長は自分自身は半次郎ちゃんと剣の実力はどっこいどっこいと思っているんだ。


 それは、致命的なまでに勘違いすぎるのではなかろうか。




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