ふう・・・・・・ん 相棒ね
「ちょっとまちやがれ。なにゆえ、おれがゆこうといったらかような反応をする?」
副長は、気分を害したようである。
が、副長の意図はすぐによめた。厳密には、副長ならそうするだろうなと気がついた。
俊春がみずから申しでたこととはいえ、海江田と二人きりにしたくはないのである。
「副長、おれがいきますよ。いえ、相棒とおれとでいきます」
いいながら熱き視線を感じたので庭をみると、相棒がじとーっとにらんでいる。ゆえに、自然な感じで『相棒とおれとで』といいなおしてみた。
「ふう・・・・・・ん。相棒ね・・・・・・」
「ちょっ・・・・・・。永倉先生、いまのはどういう意味なんです?」
「いや、べつに他意はない」
ぜったいに、ぜったいになんかあるはずだ。
「兼定は兎も角、主計か・・・・・・」
「って、副長までなにをおっしゃるんです」
まさか、副長にまでダメだしをされるとは……。
心外をとおりこし、正直、不快である。
刹那、またにらまれてしまった。
おれの心の声は、どれだけだだもれしているんだ?
「やはり、おれがゆこう。兼定はぽちについてゆきたがるであろう。半次郎ちゃんもどうだ?主計は・・・・・・。まぁ一人くらい足手まといがいても、おれたちで十二分に補えるか」
これは、モラハラか?それとも、たんなるいじめか?
『副長にだけはいわれたくないですねっ!』
いかなるハラスメントやいじめに屈してなるものか。ゆえに、声を大にしていってみた。もちろん、心の奥底のそのまた奥底で、である。
なのにまた、副長にめっちゃにらまれた。
「ならば、おれがゆこう」
永倉も副長の意図に気がついたようだ。
「いや、新八。せっかく酒をふるまってくれているんだ。いやってほど呑ませてもらえ。つぎはいつ、かような太っ腹な饗応にめぐりあうやもしれぬからな」
このあとはそれぞれ仲間のもとへ戻り、以降は戦いに身を投じることになる。饗応以前に、ゆっくり酒を酌み交わすなんてこともそうそうないであろう。
永倉に『呑んでいろ』とすすめたのは、副長なりの思いやりにちがいない。おそらく、だけれども。
「わかったよ。半次郎ちゃん、あんたが戻ってくるまでひかえめに呑んでいるからな。案ずるな。その間、なにがおころうと西郷先生はかならずや護り抜く」
永倉が杯をかかげて半次郎ちゃんにいうと、半次郎ちゃんは無言でうなずいた。
いまの永倉の約束は、フツーなら心強くて安心して任せられるものである。
あくまでもフツーの状況なら・・・・・・。
いま、西郷になにかあるとすれば、彰義隊など幕府側の攻撃なり刺客に襲われるという確率が高い。
たとえ連合軍のなかで、西郷を始末しようという者がいても、いまはまだ決行するには時期が悪すぎる。それこそ、暗殺して幕府側の刺客の仕業という手段もあるだろう。しかし、ここで薩摩の重鎮、実質上現場のトップともいうべき西郷を暗殺してしまうと、下手をすれば薩摩はつぎの時代を決するともいうべきこの戦から手をひいてしまうかもしれない。そうなれば、打撃を受けるのは連合軍である。
リスクしかない暗殺を決行するような馬鹿は、いくらなんでもいるわけはない。殺るべきタイミングは、しっかりみきわめるであろう。
ということは、永倉は味方であるはずの刺客なり将兵を相手にしなければならない。そのとき、本来は敵である西郷を護り抜くと約束したのだ。
永倉はそれをわかっていて、約束したのだ。うっかり忘れていて、ついカッコつけちゃった的な軽さからの約束ではない。
永倉なら、襲ってくる味方をうまくあしらいつつ、西郷を安全なところに逃がす、あるいは連れてゆけるだけの腕と才覚がある。
半次郎ちゃんも、その矛盾に気がついているであろう。その上で、永倉を信じてうなずいて了承したのだ。
「おいどんのこっは心配いりもはん。武次どんを送ってきたもんせ。武次どん、つぎん軍議が最後になっやろうで、ちょっとはおとなしゅうしちょってくれん」
西郷も気がついている。ゆえに、半次郎ちゃんに「安心していってこい」といっているのだ。
もっとも、つづけられた海江田へのアテンションは苦笑まじりであったが。
海江田のことである。どれだけ注意勧告しても、右から左でききゃしないってやつにちがいない。
おれたちは、蔵屋敷をあとにした。
海江田とその隊が割り当てられている宿舎は、板橋までの間にあるらしい。徒歩三十分以内の位置にある。
すでに二十四時をまわっている。生きている人間はもちろんのこと、生霊死霊の類に出会うこともなく、海江田の宿舎へと向かう。
道中、とくに会話もない。厳密には、副長が一方的に、『相馬主計』という一個人の尊厳を貶めただけである。
つまり、あることないことあげつらい、おれをいじりまくったわけである。
半次郎ちゃんも海江田も、無言のままきき流していたようである。




