プーってなんぞや?
結局そのあと、厨で相棒のするどい監視のもと、俊春と干し芋を炙ったのである。
いまや相棒は、俊春と仲が良いというよりかは完全に保護者化してしまっている。「ぽち」という名のわが子を護ってる感が半端ない。
こういうのを父性愛というのだろうか?
厨の入り口でにらみをきかされているなか、おれは俊春にろくに話をふることができなかった。
まえまえからきいてみたいことが多々あるというのに。
それどころか、ヒヤヒヤものである。
うううううっ・・・・・・。
いざというとき、相棒はおれよりも俊春を護り、指示にしたがうだろう。
想像すると、切なくなってしまう。
「いまの利三郎の言の葉は、どういう意味なのだ?」
好奇心旺盛な永遠の少年島田が、干し芋をつまむ掌をとめずにきいてきた。
「ただの世迷言です」
おれも掌をとめずにそう返した。相棒と俊春の関係についてはショック大であるが、それとこれとはまた別の話である。
その相棒は、ちょこっとだけ俊春が干し芋をおすそ分けしてくれた。
ちなみに、犬は腎臓病や心臓病など、一部の疾患を抱えている犬以外であれば、サツマイモの摂取は可能である。人間とおなじで、腸の動きを活発にし、皮膚にもいいからである。しかし、やはりその量はおさえたほうがいい。たしか、大型犬であれば1日に120g程度ならOKだったと記憶している。小型犬や仔犬だと、もっとすくなくなる。
干し芋は、蒸して干しているため、甘みや成分が凝縮されている。与えていい量は、さらにすくなくなる。
「世迷言?」
島田は、二個同時に口に放り込みつつ視線を野村へと向ける。
現代っ子バイリンガル野村とそのマブダチ、って、死語か?ズッ友っていうのか?兎に角、別府は、「ピー」やら「プー」やらいって、幼稚園児みたいにおおよろこびしている。
(おいおい、ガチでガキだな、おまえら)
そう思わずにはいられない。
「気になっね。どげん意味かしろごたっじゃ」
なんと、半次郎ちゃんまでしりたがっている。従弟がさわいでいるので気になるのだろう。
「しらなくってもいいことです」
本当のことである。
「なんだと、主計?やけにもったいぶってるじゃねぇか。そこまでいわれりゃ、よけいにしりたくなるってのが、人の道理ってもんだ」
でました、「キング・オブ・副長」。干し芋を頬張るその姿も、口惜しいがかっこいい。
干し芋がこんなに似合うイケメンは、現代でもそうそういないはず。おそらく、であるが。
現代っ子バイリンガルの野村とそのズッ友以外、全員がおれをみている。
「ですから、しったからといって、だれのためにもなりませんよ」
これも本当のことである。
「そんなにしりたければ、本人にきけばいいじゃないですか。あるいは、ぽちもしっているはずです」
おれに向けられている視線が、廊下で控えている俊春にソッコーうつる。
なにゆえ、それを発した本人に問わぬのか?
注目を浴び、俊春は気恥ずかしそうに廊下の板敷きに視線を落とし、さらに気恥ずかしそうに口をひらいた。
「通じがよくなる、と」
ナイス、俊春。さすがである。めっちゃ遠回しの表現に、内心で快哉を叫んでしまった。が、それはかなりちいさかった。かれにもっともちかくにいる永倉とおれ、それから海江田にしかきこえなかったのではなかろうか。
「なーんだ、くそをひるってことか」
「くそをひりまっるてことじゃなあ」
その二人の身もふたもない要約がジワる。
一瞬、沈黙がおりた。同時に、霊が通ったのか、ラップ音が響いた。ドキッとしてしまう。
「馬鹿なことをいわせるんじゃねぇよ、主計っ!」
そして、副長に理不尽にも叱られてしまうおれであった。
干し芋も堪能し、そろそろ海江田がかえるという。そういえば、かれは一人でやってきたという。
びっくりである。さすがに西郷も、それは危ないから、と苦言を呈した。って、西郷自身も護衛がすくないのにである。それは兎も角、その西郷の心配を、海江田は笑って応じた。
「軍議んこっを思いだすとち腹立たしゅうなっ。そうなっと、ちかっにおっ者にあたってしまうかもしれもはん。そんた、おいどんが刺客に襲わるっことよりも赦せんこっじゃ。じゃっで、おいどんな一人の方がよかとじゃ。じゃっどん、どうやらおいどんな自分の腕を過信しすぎちょったようじゃ。これからは、注意すっことにすっ」
体育会系気質のわりには、部下には気をつかっているんだ。
かれの意外な一面である。
「そいやったら、おいどんが送りもんそ」
半次郎ちゃんが申しでた。が、後輩には頼りたくないらしい。
「おいどんな、青二才に護らるっほど弱うはなか」
ソッコー一蹴してしまった。
「それでしたら、わたしがまいりましょう」
つぎに申しでたのは、俊春である。
「だったら、おれもゆこう」
「えっ?土方さんが?」
「えっ?副長が?」
「ええっ?副長がですか?」
意外すぎる副長の立候補に、永倉と島田とおれの不信感もあらわな問いがかぶった。
 




