ぽちは主計にいじめられる!
「まってください、ぽち。あなたの問いが、あまりにも突拍子がなさすぎるんですよ。ゆえに、きき間違えたかと思ったのです」
「いまのどこが、突拍子がないと申すのだ?」
薩摩藩の蔵屋敷がいつ建てられたものかはわからないが、そこはかとなく古い雰囲気が漂っている。廊下を踏みしめるたび、『ぎしっぎしっ』とちいさな音を立てる。
当然のことながら、音を立てているのはおれだけである。俊春の脚許からはなんの音もきこえてこない。
「だってそうでしょう?肩を並べてフツーにあるいていて、毒殺派なのか?ってききますか?」
「肩を並べてフツーにあるいていて、毒殺派なのかってきかぬのか?」
「はぁ?フツーきかないでしょう?」
「なにゆえだ?なにゆえきかぬのだ?」
「なんでちいさな子どもみたいに、なぜなぜ攻撃をしてくるんです?」
不毛な会話に、イラっときてしまった。幸運にも、いまここにいるのは俊春とおれだけである。相棒は、厨にくるとしても庭伝いにむかっているだろう。
だれも邪魔をする者はいない。チャンスだ。
くどすぎるかとは思うが、なにもBL的なチャンスという意味ではない。
いろいろとききたいことがあるのである。
「不可思議だからだ。暗殺術には、それこそ幾千もの技がある。どういう系統を好むのか、あるいは得意なのかは、人によってさまざまだ。ゆえに、尋ねたのだ。それは、わたしにとってはフツーのおこないであり、フツーの会話である。それから、わたしの精神はある意味童のごとく純粋だ。ゆえに、「お母上、なにゆえ主計はぽちをいじめるの?」、「お父上、なにゆえ主計は女子にもてぬからと申して、ぽちのまえではかまってちゃんになるの?」となぜなぜ攻撃をするのだ」
「・・・・・・」
もう、なんの言葉も浮かばない。
「いかがいたした?」
両脚から力が抜け、へなへなと廊下にくずおれたおれに、俊春が歩をとめきいてきた。
「ツッコミどころが満載すぎるあなたの返しは、おれにとってレベルがたかすぎるのです。敗北感にさいなまれているだけです」
相貌を上げ、力なく応える。
「いまのわたしの言のどこに、ツッコミをいれることができると申すのだ」
「どこもかしこもですよっ!」
思わず怒鳴ってしまい、自分で自分の声のおおきさに驚いてしまった。
しまった・・・・・・。
って思ったときにはもうおそい。
俊春の相貌が、めっちゃ傷つきましたって悲し気な顔文字になっている。
「す、す、すみません。怒鳴るつもりなどなかったので・・・・・・」
そのとき、前方のほうから、厳密には、進行方向の暗がりからなにかがきこえてきた。
『カチッ、カチッ』となにかが床にあたっているような音が、小刻みにきこえてくる。しかも、すさまじいはやさでこちらにちかづいてきている、ような気がする。
「兼定っ!ぽちは主計にいじめられたーっ!」
もう間もなく、その音が廊下の暗がりにあらわれようかというタイミングで、俊春が叫んだ。
「ちょちょちょっ・・・・・・」
四つ脚の生き物が暗がりからジャンプし、廊下にへたりこんでいるおれの真ん前に華麗に着地した。
どうやらおれは、前世でこの二人になにかしでかしたらしい。
「これはうまい」
「これは酒の肴にもなりそうだ」
七輪であぶってもってきた干し芋は、絶賛好評のようである。
副長も永倉もつぎからつぎへと口のなかに放り込んでは咀嚼している。
ってか、干し芋が酒の肴?って、永倉の讃辞にツッコミそうになったが、そこは言葉をぐっと呑み込んだ。
「舌の上でとろけてしまいそうだ。このほどよい甘みは、わたしを極楽に誘ってくれる」
そして、グルメリポーターのごとく感想を述べる島田。
極楽に誘ってくれるって・・・・・・。なんかリアルすぎてドキリとしてしまう。
「炙っと香ばしゅうてうんめかねぇ」
西郷もでっかい相貌が幸せそうにゆがんでいる。
「ウィル・ゲット・ア・ビッグ・プープ!」
マジかよ?
現代っ子バイリンガル野村の叫びに、驚愕を禁じ得ない。
はやい話が、「でっかいクソがでるよね」であるが、「おまえ、その英語どこで学んでんだ?」ってきいてみたい。
現代で英語を学ぶおおくの人々に、おまえの習得方法をぜひともしらしめたい。
語学学習には、ラジオや教材、学校や教室、有料無料のアプリやソフト。睡眠学習なんてものもあるかもしれない。はては、留学や現地ですごして実践、なんてことも。
兎に角、現代の人々は、学校のときの勉強以上に、その習得に金や時間をかけている。
それがなにゆえ、それらの環境がいっさいない幕末で、そこまで駆使できるんだ?たしかに、発音はイマイチだが、ボキャブラリーだけでも相当なものだ。
あらためて、野村ってやつのすごさを思いしらされた。
しかし、それらは新撰組の隊士として、とくに必要のないスキルである。
そのことが残念でならない。
って、そんな思いも、いまはただ現実から目をそむけるための方便にすぎない。




