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兄貴なんてクソくらえ!

「おいおい、ぽち・・・・・・。かようなことを申してもよいのか?」


 永倉もまた、尋ねて当然である。


「ええ。よいのです、永倉先生。たまは、いまここにおりませぬ。距離がはなれておりますゆえ、感じられることもございませぬ」


 俊春はしれっと答え、さわやかな笑みを浮かべる。


「「おまえ、なに様だ?双子なのだから、いっしょの年齢としだろうが」といいたくなるのを、心の奥の奥、そのまた奥に封印して幾年月」


 さらにさわやかすぎるほどの笑みが、かっこかわいい相貌かおにひろがり、彩っている。


 かれは、よほどいろんなものが溜まっているらしい。


「あれほど自信満々の男など、そうそうおりますまい。あの男に必要なのは、主計のごとき謙虚さでございます。まったくもって、主計の爪の垢でも煎じて呑ませたいほどでございます」


 重苦しい空気がのしかかってくる。

 が、なかで一人、海江田だけはきょとんとしている。事情をしらないからであろう。


「だいたい、兄貴面しすぎなのです。いつもわたしをつかいまくり、自身は顎で指図するだけでございます。兄貴という立場を利用し、わたしをいたぶりおとしめ蔑みまくって・・・・・・。それに、わたしは「狂い犬」などという人格的にどうよ?といいたくなるような不名誉きわまりない二つ名なのに、あの男は「眠り龍」などと、神秘的でじわじわくる二つ名でございます。理不尽にもほどがあります」


 兄貴にたいする不平不満は、まだまだあるらしい。それを、だれもがただだまってきいている。

 

 いや、正直いうとききたくない。これは、ぜったいにヤバい系の悪口雑言だ。かかわりあいになってはけっしていけない、パンドラの箱的事案だ。


「おっと、申し訳ございませぬ。日頃の鬱憤のほんのひとかけらが漏れでてしまいました」


 ちっとも申し訳なくなさそうに、かれはテヘペロする。


 どうやら、いまのはほんのひとかけららしい。


「兎に角、あの男ほど尊大で高飛車で横柄な男はそうそうおりますまい。さしものわたしも、あの男以外出会ったことがありま・・・・・・」


 兄貴の悪口になると、俊春の語彙は永遠の泉のごとくわいてくるようだ。が、中途で止まった。かれをみると、その視線がある一点でとまっているではないか。


 全員がその視線を追う。


「ちょっとまちやがれ、ぽち。どういう意味なんだ?」


 みなの視線のなか、自信に満ち溢れまくり、自信満々で傲慢で強気で尊大で高飛車で横柄な男が、気色ばんだ。



「はははっ!マザー・ファッカーだ」


 ちょっ・・・・・・。


 野村のやつ、よりにもよってなんてこといいだすんだ?


「んんんんん?いまのは、どういう意味かな?」


 なっ・・・・・・。


 島田よ。よりにもよって、いまここで永遠の好奇心旺盛な少年っぷりを披露しなくてもいいんだよ。


 おれの内心の焦りをよそに、副長ににらまれ詰問されている当人は、右に左にかっこかわいい相貌かおをかたむけてから、視線を副長からゆっくりと移しはじめ・・・・・・。


「ちょちょちょっ・・・・・・。な、なにゆえ、なにゆえおれをみるんです?」


 俊春の視線の先には、たしかにおれがいる。おれが、そのみえるほうのに映っている。


「なるほどな」


 その視線を追った副長の謎解釈。


「なるほどなって・・・・・・。副長、誤解です。おれは、なんにもかんがえも思いもしませんでした。これは、ぽちの罠です。おれを陥れ、新撰組ここから追放させようとでもいう罠なのです」


 俊春め。おれの心のなかをよんだ風をよそおうなんて、ひどすぎるじゃないか。


「そうだろうとも、主計。おおいにそうだろうともよ。おまえは、ぽちが申したようなことを、おれにたいしてこれっぽっちも思いやせぬだろう」


 副長は湯呑みを畳の上に置くと、親指と人差し指でちょこっとを示すジェスチャーをする。


「西郷さん。さっそく、こいつをつかってやってください。西郷さんの犬の散歩係などもったいねぇ。犬がかわいそうすぎる。そうだな。兵士たちの試し斬りか、試し撃ちの的にちょうどいい。動く的です。さぞかし、兵士たちのいい練習台になるでしょう」

「ちょちょちょちょっ・・・・・・。ですから副長、おおいなる誤解ですって。ってぽち、なんとかいってくださいよ」

「さて、酒肴をもうすこし運ぶとしましょう。西郷先生、もう一杯お茶をいかがでしょうか?」


 なんてこった。

 俊春、しれっとなにいってんだ?無実のおれに罪をおしつけ、自分は西郷や副長にポイントを稼ごうというのか?


 内心で歯ぎしりしながら、視線を感じるのでそちらへ視線それを移すと、廊下にひかえる俊春の向こう側に、いつの間にか相棒がお座りしている。


 なんと。おれと視線が合うと上唇を上げ、これみよがしに犬歯をみせつけてきた。


 はいはい。どうせかわいい俊春パピィの味方なんでしょうよ。


「いただきもんそ。忘れちょった。厨ん左側ん納戸に、国幹さぁが干し芋を隠しちょっはずじゃ。駿府に立ち寄った際に入手したとじゃ。そいをもってきてもれもはんか」

「かしこまりました」

「干し芋っ!」

「ホシイモッ!」


 俊春の承諾と喰いしん坊たちの叫びがかぶった。

 おれは喰いしん坊ではないが、いっしょに叫んでしまった。


 じつは、干し芋にある意味思い入れがあるからだ。

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