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半次郎ちゃんがほめてくれた

「てっきり、組長ん一人かて思うちょった」


 半次郎ちゃんの言葉で、はっとわれにかえった。

 海江田の手前、半次郎ちゃんも新撰組の名はださず、組長という役職になるのか?兎に角、そうたずねてきた。


「いいえ。あのときは、兎に角必死でした。あの夜、はじめて人を斬ったのです」


 正直に話していた。なにゆえかはわからないが。


「そうやったんか。たしかに、緊張しちょるんな感じられたが・・・・・・。そいじゃっどん、体躯はしっかり動いちょった。よほど、鍛錬を積み重ねちょるんじゃなあ」


 やっぱ薩摩のほうがいいかも。おれという人物を、しっかりみていて肯定し、認めてくれている。


 それなのに、それなのにだ。新撰組は、人格全否定の上に非認定しないと気がすまないのである。


 うむ。転職するなら、ぜったいに薩摩である。ちかいうちに、薩摩藩のしかるべき部署に、給与や待遇、福利厚生など詳細を確認しておくべきだ。もちろん、中途採用を受け付けているかどうかも。


「土方さんをボコり損ねたってやつであろう?」


 島田となにやら盛り上がっている永倉が、こちらに体ごと向き直ってきいてきた。


「そうです。あのとき、おれはその事件そのものを口止めされていたんです。いえ。それどころか、しゃっべたらぶっ殺すぞって、副長に脅されたんです」

「なんと・・・・・・。それは穏やかではないな」


 島田は、まるで新撰組とは無関係の人のように呑気に感想を述べている。


「まっ、襲われた側も襲った側も、あの時期はビミョーだったからな。表沙汰にしたくはなかったってわけだ。どっちにしろ半次郎ちゃん、おれはあんたが土方さんをボコり損ねたってのが残念でならぬよ」

「きこえてるぞ、新八っ!」


 おそらく、永倉なりのジョークにちがいない。あくまでもおそらく、であるが。それを、地獄レベルに耳ざとい副長がききつけ、怒鳴った。


 ぜったい、耳をダンボにしていたにちがいない。


「斬り合いがはじめてであそこまで動けたんなら、あたは自身に厳しすぎるし、謙遜しすぎじゃ」


 そんな新撰組うちわの揉め事とは関係ないとばかりに、半次郎ちゃんがつづけた。


「過信しすぎるとめけもはんが、そん反対めけもはん。ないごてなら、そんた自身を信じちょらんでじゃ。自身を信ずっこっができらんのに、思う存分剣が振るっわけもなか。思うごつ力をだせっわけもなか」


 いつの間にか、海江田や野村たちも口を閉じていて、半次郎ちゃんの重厚な言葉だけが室内を静かに席巻している。


 めっちゃ驚いてしまった。まさか、「幕末四大人斬り」の筆頭である中村半次郎こと桐野利秋からアドバイスをいただくとは。


 なにもおちゃらけたり、かれを馬鹿にしているわけでもはない。ただ、名誉なことだと感動しているのである。


 それは兎も角、いまの半次郎ちゃんのアドバイスはもっともである。


 自分に自信がなければ、信じることができなければ、できるはずのこともできぬであろう。


 さっきの海江田との一戦が、まさしくそれである。


 永倉と俊春が、『おれならできる、自分を信じて剣を振るえ』といってくれた。


 単純なおれは、それをただひたすら信じた。できると思えたのだ。兎にも角にも信じたのである。


 ゆえに、勝てた。


「桐野先生・・・・・・」

「半次郎ちゃん、オケまるど。さすがは半次郎ちゃんじゃ。半次郎ちゃんは、士道をよう心得ちょっ。半次郎ちゃんな、一族ん誇りじゃ」


 おれが感動と感謝を伝えようとした瞬間、別府の半次郎ちゃん攻撃がはじまった。


 せっかくの感動も、別府のせいで半減してしまった。


 ってか、オケまる?

 野村のやつ、どんどん別府をイタイやつにしてるじゃないか。


「半次郎ちゃんとよぶんじゃなかといっちょっじゃろう」


 半次郎ちゃんはすぐにやり返した。が、その相貌かおが赤くなっているのは、燭台の灯火のせいなのか酒のせいなのか、別府にたいして激おこぷんぷん丸状態だからか、それともほかの理由があるのか、判断がむずかしい。


 たとえば、おれへのアドバイスにたいして照れているとか。


「永倉どんやぽちもそうじゃなかやろうか?」


 半次郎ちゃんの朱にそまった相貌かおが、こちらに向けられた。


 そのかれと視線をあわせてから、視線それを永倉へ、それから廊下にひかえている俊春へと向ける。


「半次郎ちゃんの申すとおりだ。もっとも、おれ自身はそうありたいがまだまだ精進できておらぬがな」


 永倉はそういってから豪快に笑い、徳利をあおる。


 いやいや永倉よ。それは、謙遜がすぎるだろう。


「わたしも同様でございます。ですが、桐野先生のおっしゃるとおり。主計、おぬしは謙遜がすぎる。もっと自信をもったほうがよい」


 俊春は、おれと視線を合わせてから微笑む。


いまは亡き(・・・・・)たま、もとい「眠り龍」は、それはもう自信に満ち溢れていた。満ち溢れすぎていて、正直、うざかった」


 つづけられた俊春の言葉に、永倉は酒を、西郷は茶を、それぞれふいた。

 しかも、『うざい』なんてつかってるし。


「いまは亡き?「眠り龍」はけしんだとな?」


 西郷の問いは発せられてしかるべし、であろう。



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