あの雨の夜・・・・・・
「モンスター隊士はわかるぞ。だが、キュンとくるの意味がわからぬ」
好奇心旺盛な永遠の少年島田が、おれのまえでうれしそうにうなずきつつ頸をかしげている。
「土方どんがむげって?」
しかもすぐうしろで、海江田がどうでもいいことを確認している。
そもそも、なんのことをいっていたんだっけ?
収拾がつかなくなってしまった。
結局、おれは副長に拳固を喰らい、海江田は半次郎ちゃんに「狂い犬」のことについて等身大フィギュアつきで説明をうけたのであった。
そのあと、海江田はシュン太郎になってしまった。
それはそうだろう。
かわいいと思っていたお気にの小者が、じつは有名な「狂い犬」であったのだ。
「狂い犬」はこの世でもあの世でも、それどころか宇宙のまだしられていない星系の生物のいる惑星をあわせても、最強であるのだ。その強さを超える者は、地球が誕生してから幕末までもいなかったし、これより後終末を迎えるまであらわれることはないはずである。
海江田にしてみれば、びっくりをこえて夢であったらどれほどよかったか、って気持ちになっているにちがいない。
灸は、どうやら効果がありすぎたようである。そのあと、酒を呑むことになったが、海江田は俊春を避けまくり、副長にぴったりくっついていた。
公言したとおり、かわいいのつぎに美しいにアタックするつもりなのか?
だとすれば、海江田よ、なんて懲りないやつなんだ。
西郷も半次郎ちゃんも、そんな海江田にたいして苦笑するしかないようだ。
そして、俊春に袖にされた海江田にストーカーされている副長は、「美しい」認定されたことに満足しているらしい。
さして避けるわけでも追い払うでもなく、隣同士で呑んでいる。もっとも、海江田は酒で、副長はお茶であるが。
警備兵たちは、交代で警備にあたっているようだ。きけば、十名ずつ交代で蔵屋敷に詰めるという。そのほとんどが、もう間もなく起こるであろう上野の彰義隊殲滅にかりだされるのかもしれない。
一瞬、うしろめたさに襲われた。上野の戦では、たしか彰義隊が四千名ほど参加し、二百六十名か七十名の戦死者がでている。対する薩摩や長州、佐賀の連合軍は、一万名ほど参加して百名ほどの死者をだしている。
彰義隊の苛烈な攻守が、この数字にあらわれている。
おれたちは、その連合軍でもっとも最前線に立つであろう薩摩の重鎮やその側近と、こうして仲良く呑んでいるのである。
野村と別府は、襖を開け放っている隣室で呑んでいる。
別府は、つぎからつぎへと焼酎の徳利からじかに呑んでいる。野村は、ひかえめにいっても呑める口だ。京にいるころから、屯所や島原で呑んでいた。いまも別府の半分のペースで徳利からじかに呑んでいる。ときおり笑ったりして、ずいぶんとご機嫌さんのようだ。
永倉と島田と半次郎ちゃんは、上座にいる西郷の左まえで剣術談義をかわしながら呑んでいる。こちらも、ずいぶんとはやいペースで徳利からじか呑みしている。
俊春は、いつでも酒肴をもってこれるよう、廊下に控えている。相棒は、縁側のすぐまえで丸くなって眠っている。
焼酎が入ると、海江田はさきほどのショックからすっかり立ち直ったようだ。いまは、西郷と副長のまえで、大村をこきおろしている。
海江田も酒に強いようだ。が、かれはどうやら絡み酒らしい。
かれが副長に絡みまくっていて、副長は茶をすすりつつそれをうまくあしらっているのをみていると、横から半次郎ちゃんが徳利を差しだしてきた。「すみません」といいつつ、杯に注いでもらった。
「あん雨ん夜も、あたん剣はすごかったど」
まだだれも手を付けていない徳利があったので、それをひきよせ半次郎ちゃんの杯に返杯していると、半次郎ちゃんが杯をみつめながらいってきた。
あの雨の夜・・・・・・。
そうだ。おれが相棒とともにこの時代に迷い込み、半次郎ちゃんたちに襲われている副長をみたときのことである。
正直、あのとき、最初は映画の撮影かと思った。が、様子がちがう。だから、つぎに推理したのは、極道の抗争だ。
もっとも、現代の極道が遣り合うとなったら、武器は拳銃など飛び道具が主流だろう。それこそ、昭和のヤクザ映画じゃあるまいし、刀を振りまわすなんて古風さはすたれつつあるのかもしれない。
それは兎も角、正体不明の斬り合いに遭遇したおれは、とりあえずは襲われている側を助けようと必死だった。もちろん、あのときは襲われているのが、まさか土方歳三だとは想像の範疇になかった。もちろん、襲っている側の正体が「人斬り半次郎」であることも同様である。
はやい話が、想像の斜め上を爆走しまくっていたってわけだ。
刀でガチマジに斬り合ったのはあれがはじめてだった。
兎に角必死で、なんにもかんがえられなかった。相手をみる余裕すらなかった。必死こいて「之定」を振りまわしただけである。
いまにして思えば、よくぞ生き残れたものである。
あらためて、ゾッとした。
無意識のうちに、自分で自分を抱きしめていた。
 




