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マジックフィンガー

「無掌でおいどんの太刀を受けりきっちゅうとな?それどころか、よけっこともできんやろう。そうなれば、怪我をすっどころん騒ぎじゃらせん。まずうてもよか。せめて、木刀を握りたもんせ。やりにくうて仕方があいもはんで」


 どうやら、西郷のアドバイスは響いてはなさそうである。海江田が俊春に、木刀を軽く打ち振りつつアテンションした。


 もっとも、めっちゃひ弱で臆病者っぽく、しかもめっちゃ男好き(・・・)するかわいさ満載の俊春である。海江田がなめまくるのも当然かもしれない。

 

 まさかこのひ弱でかわいい俊春が「狂い犬」というレジェンドとは、海江田も想像ができるわけもなかろう。


 当然のことながら、なめまくるというのはBL的に、ではない。馬鹿にしている、蔑んでいるということである。


「武次どん、あたがすげ剣士じゃちゅうこっはわかっちょっ。じゃっでこそ、謙虚になって物事ん真実をようみなかればならんとじゃ。おいどんの忠告をききやんせ。そうでなかと、あたはそん男に負くっだけじゃなく、大怪我すっことになっじゃ」


 再度、西郷がアドバイス、というよりかは警告した。西郷のちかくで腕組みして立っている半次郎ちゃんの表情かおは、うんざりしている表情もののようにもみえる。


「海江田先生、西郷先生のおっしゃられるとおりです。わたしが無掌でいいと申すのは、無掌で充分だからです。油断や過信は生命いのちとりになるでしょう。さあっ、わたしを叩き殺すつもりで打ちかかってきてください」


 そしてついに、俊春自身がアテンションした。これまでとはちがい、その声は低く、バイオレンス的な響きがこもっている。

 さらには、右掌でおいでおいでして挑発することも忘れない。


 ここまでされれば、いくら気がよくって辛抱強い人間ひとでも、「この野郎っ!」ってことになるだろう。ましてや、すぐにブチぎれる海江田である。かれは地面に唾をペット吐くと、同時に木刀を頭上に上げてとんぼを取った。


「きええええっ!」


 間髪入れずっていうか、刹那である。初太刀を放った。


 怒りでより力がましたのか、永倉のときやおれのとき以上のすごい初太刀である。


「・・・・・・!」


 猿叫が途絶えたときには、海江田がフリーズしていた。

 それをみなれているおれたちでも、このシーンは呆然とせざるをえない。


 海江田自身の体は、フリーズ状態になってしまっているようだ。おそらくその脳内は、真っ白になっているにちがいない。


「さすがだな」


 永倉が、うなるようにつぶやいた。

 同感である。いつみてもすごいって思うが、今回のはよりいっそう映えている。


「柳生新陰流」の「白刃取り」の進化バージョンである。っていうか、かれオリジナルのわざが炸裂したのである。


 つまり、すさまじい威力と速さの「薬丸自顕流」の初太刀を、俊春は左の人差し指と中指の間にはさんで受け止めているのである。


 掌と掌の間にはさむのだってむずかしい。以前、双子にそれを習ったことがある。上段から打ち下ろされてくる木刀を左右の掌ではさむのであるが、意外とむずかしく、掌どうしが打ち合わさる「パンッ!」という音だけが威勢よくなるわりには、はさんで受け止めることができなかった。ゆえに、はさみそこねて木刀で頭をポカスカ打たれてしまった。


 永倉や原田や斎藤は、何度か繰り返し練習することで、はさんで受け止めることができるようになった。しかし、おれは一度か二度しか成功しなかった。


「主計は、頭で受け止めるわけだな。それはそれで斬新なではないか。もっとも、これが真剣の場合は、一度きりの大技となるであろうが。まさしく、捨て身技というやつだな」


 そう笑って評価してくれたのは、俊冬である。


 木刀でも、ガチに振り下ろせば脳震盪ではすまないだろう。


 俊春は、海江田の初太刀を頭にあたる直前、それこそ紙一重の位置で二本の指ではさんで受け止めたのである。


 こんなすごいのをみせられれば、なんかもうどうでもよくなってくる。


 俊春はこちらに背を向けているが、海江田の「!?」って表情かおが、月明かりと部屋からもれる灯火の灯りのなか、やけにリアルに浮かび上がっている。


 そんな驚き以上のなかでも、海江田の体は脳よりさきに反応している。俊春の二本のマジックフィンガーから木刀をひこうと伸びきった両腕に力が入る。


 刹那、俊春がそのマジックフィンガーをはらった。相貌かおにまとわりつく蚊か羽虫でもはらうかのような、軽いはらい方にみえた。


 って思う間もなく、海江田が宙を舞った。しかも木刀から両掌がはなれ、回転しつつ見事に舞っている。もちろん、時間にすれば数秒である。 

 それはまるで、「ジャッキー・〇ェン」の功夫映画みたいである。


 当然のことながら、海江田はスピンしながら地面にたたきつけられた。


 うわっ、痛そう。


 一方、これもまた驚愕に値するわざを披露した俊春の二本のマジックフィンガーは、いまだ木刀をはさみこんだままである。


 ちょっと軽くはらっただけのようにみえたいまのは、柄をがっしりと握る海江田をふっ飛ばしたほどの威力があったってことだ。


 二本のマジックフィンガーがまたひらめいた。すると今度は海江田が握っていたはずの木刀が宙を舞う。それから、その柄が俊春の左の親指と人差し指と中指のなかに、すっぽりとおさまった。


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