海江田 vs. 永倉
「あっ、海江田さぁだ。海江田さぁが、木刀をもっちょるんをみるんな、はじめてじゃ」
建物の角を曲がって野村と別府がぶらぶらあるいてきた。
別府は、なにゆえか狂喜乱舞している。
海江田が剣術をするのが、そんなにうれしいのか?
ってか、従兄の半次郎ちゃんがやっているところなら、しょっちゅうみているのではないのか?しかも半次郎ちゃんの剣術は、海江田よりすごいのではないだろうか。
「せからしかっ、青二才が!みるんなら、静かにせー」
海江田は、途端に気色ばむ。
「永倉先生っ、ガンバッ!」
そして、現代っ子バイリンガル野村は、JKのノリでかわいい応援を送ってる。
ってか、いまのマジできもかったんだが。
「おっ、おうっ!」
永倉は、なにゆえかどぎまぎしている。
えっ?いまの野村の応援、ドキドキするところなんだ。
一方、野村と別府は縁側にちかづくと、西郷のちかくに腰かけた。
なんてこった。西郷の片腕ともいえる半次郎ちゃんでさえ、立って控えているというのに……。
青二才二人は、しれっと座るだなどとは。
二人は、幕末のゆとり世代なのかもしれない。
それは兎も角、対峙する二人は、当然のことながら仕切り直しである。
海江田はふたたびとんぼを取るようで、木刀を上段に構えている。たいする永倉は、例のごとくほれぼれするような正眼の構えである。
「まぁまぁの構えじゃないか」
なにゆえか、副長がドヤ顔でいっている。
批評だけきいていれば、副長の弟子が俊春ともう一人増えたって感じであろうか。
「ええ。おれは、永倉先生のが大好きです。あんなにきれいな構えができる剣士ってそうはいないですよね。あ、ぽちとたまは抜きにしてって意味ですが」
うんうんとうなずきつつ、永倉を賞讃した。もちろん、おべんちゃらや社交辞令ではない。本心である。
「おま・・・・・・」
副長は、絶句しながらおれの隣から飛びのいた。
「主計。いまの、マジひくわ」
そして、永倉と海江田をみつめている俊春が、振り返って現代っ子ぶってきた。
「たしかに。いまのはいただけぬな」
島田もまた、いわれなき誹謗中傷を叩きつけてくる。
「なにゆえです?おれが、どうしたっていうんです?なにゆえ、非難されなければならぬのです?」
「おいっ、新八。主計が、おまえのことも好きだとよ。よかったなぁ。主計のために、がんばってやれ」
はい?副長、なにゆえいまの解釈になるんです?
「すまぬ、土方さん。おれは、間に合っている。ゆえに、あんたに任せた。あんたが心ゆくまでかわいがってやってくれ」
永倉は背を向け正眼に構えたまま、副長に言葉を投げ返した。
それではたと思いいたった。
「永倉先生のが大好きです」
たしかにそう宣言してしまった。
「ちょっ・・・・・・。それは誤解です。言葉足らずでした。永倉先生の構えが大好きです、っていいたかったんです。ってか、いっつもいらんことはよみまくるのに、なにゆえいまのはよまぬのです?」
「おいおい新八よ。おれも間に合っている。そうだな、これはもう八郎におしつけるしかないな。あるいは、主計を地獄にいるおねぇのところに送ってやってもいいな」
ちょっ・・・・・・。みんなしてひどくないですか?間に合ってるからいらないとか、おしつけるとか、挙句の果てのは、地獄に送ってやるとか
・・・・・・。
って、おねぇは生きてるし。
ってか、そこじゃないだろう、おれ?
おれの悲しみは兎も角、永倉の正眼の構えは、俊春とたいするときとはくらべものにならぬほど、余裕がある。
それはなにも、海江田を上から目線でみているわけでも侮っているわけでもない。
それほど俊春が強いということだ。永倉自身がそれを身に染みてわかっているので、俊春と相対したら無意識のうちに意識してしまうのであろう。
たいする海江田は、永倉をどうみているだろう。とんぼを取ったまま、かれが永倉を値踏みしているのが感じられる。
が、さすがは示現流を遣うだけのことはある。先の先で仕掛けてきた。
つまり、先手必勝とばかりにとんぼの取りから初太刀を放ってきたのである。
かれの口から、「キエーッ」という猿叫は飛びだしてこない。それは、ほかの示現流の遣い手とはちがうようだ。
が、振り下ろされてくる木刀のスピードや威力は、ほかの遣い手と同様、いや、それ以上のものがありそうだ。
この時代の男性の平均よりかは上背のある海江田の一歩の踏み込みはおおきい。あっという間に永倉の懐一歩手前に迫った。両腕はのびきっており、神速もともなってすでに永倉の頭部をとらえている。
『おいおい、胸を貸すってことになってるのに、ガチに攻撃してるじゃないか』
ってツッコミたくなってしまった。
このまま直撃すれば、脳震盪ってレベルじゃない。脳挫傷で死亡フラグが立つレベルである。
「カツンッ!」
って、かんがえる間もなく、木刀どうしがぶうつかる音がした。って聴覚がとらえるよりもはやく、斬撃を放った側の海江田が揺らめいたではないか。
上半身がのけぞったのである。っていうか、全身よろめきかけたところを、かろうじて踏ん張って耐え、上半身だけのけぞってしまったって、感じであろう。
永倉が正眼から木刀を斬り上げ、近藤局長をして「示現流の初太刀はかわせ」といわしめたその初太刀を、受け止めたばかりか弾き返したらしい。
らしいというのは、はっきりとみえなかったのであくまでも推測である。




