一番手はだれ?
「海江田さぁは、ああみえてけっこう強かとじゃ。強かちゅうたぁ、剣術ん腕もじゃし、体躯じてが頑丈でもあっと」
半次郎ちゃんは、永倉と俊春とおれへと順番に木刀を手渡しながら教えてくれた。
「半次郎ちゃんとどっちの方が上だ?」
副長が問うと、半次郎ちゃんはふっと口角をあげる。
「答ゆっまでもなかことど」
カッコいい。
さすがは「幕末四大人斬り」の筆頭だけのことはある。
「さて、だれからやる?」
ヤル気満々の永倉が、俊春とおれをみながらきいてきた。
「ぽちは最後ですね。だって、ぽちが最初だとそれでもうおしまいですから。ということは、おれが最初ってことでいいですよね」
「そうだな。主計にやられるようじゃ、新八やぽちがでるまでもなかろう」
「なんですか、副長?だったら、副長がなさってください。いまの言葉、そのままそっくりお返しさせていただきます」
副長の嫌味に、ソッコーいい返してしまった。
悲しいかな。もちろん心のなかで、である。
もっとも、そのとおりではある。が、おれと五十歩百歩、目くそ鼻くそ、団栗の背比べの副長にいわれるのは、超心外だ。
「いや。おれがさきにやらせてもらう。ぽちは兎も角、主計、よくみておけよ」
「えっ?でも、いいんですか?おれが海江田さんの手の内を探った方がいいと思い・・・・・・」
永倉の提案に、思わずダメだしをしかけてしまった。かれににらまれて、思わず中途で言葉をとめてしまう。
かんがえてみれば、永倉や俊春ほどの剣士なら相手の手の内をさぐる必要などない。かれらなら相対する者の構えをみただけで、ある程度の力量をはかれるだろう。さらには、一合二合打ち合うだけで、攻守を組み立てられるだろう。
それに、経験豊富な永倉などは体が覚えていている。脳内であれこれかんがえるよりはやく、体が勝手に反応するだろう。
そして、さらに経験豊富な俊春などは、自分が動かずとも相手を動かすことすらできるだろう。
それをおれが手の内を探るだなんて、マジ草だ。それこそ、「百年はやい」っていわれても文句はいえない。
もっとも、副長にだけはいわれたくはないが。
「永倉先生、生意気いってすみません」
「なにをいっている、主計。勘違いするな。おまえの気持ちはもらっておく。いまはただ、おれがさきにやりたいだけだ。なぁ、主計。おまえ、もっと自信をもて。世のなかには、たしかに化け物みたいに強いやつはいる。だが、そんなやつは一握りだ。その一握りが、幸か不幸かおれたちのすぐちかくにいるだけだ。うまくいえぬが、その強いやつらをみているからこそ、自身は弱く、駄目なやつだって感じちまう。しかし、逆にそいつらをみ、自身がそいつらを目指すからこそ、そいつらより弱いやつとやったときに、ちがいがわかるんじゃないのか?」
永倉は、素振りをくれる海江田をみつめる俊春の背に顎をしゃくった。
その小柄な男は、永倉の表現するところの化け物みたいに強い一握りのうちの一人である。
「おまえ、あの八郎と五分に渡りあったんだぞ。正直、おれはあれをみて焦っちまった」
かれは視線をおれに戻し、苦笑する。
「いい機会だ。勝っちまえ」
そしてかれは、だまっているおれの頭をごしごしなで、海江田へとあゆみはじめた。
「新八、先夜のようにきたねぇ策はつかうんじゃねぇぞ」
「はぁ?あんたにだけはいわれたくないよ、土方さん。というよりかは、ファック・ユーって叫んでいいか?」
永倉は、副長に向けて立ててはいけない指を立ててから、うしろを振り返ってその指を振って俊春の注意をひく。
「ぽち、おれが一番手だ。なあに、案ずるな。いつも美味い物を馳走になるんでな。たまには、主計とおれとでお返しをさせてくれ」
かれは口の形をおおきくし、俊春に告げた。すると、俊春は素直にこくりとうなずいた。
「海江田さん、胸をおかりしますよ」
永倉は、縁側で胡坐をかいて団扇であおぎつつ見物している西郷と、縁側にはあがらずに西郷のななめまえに立っている半次郎ちゃんに、軽く一礼した。
相棒は縁側のまえでお座りしている。その相棒の頭を、西郷があいているほうの掌でなでている。
「面白そうな男じゃなあ」
海江田はソプラノボイスでいってから、不敵な笑みを浮かべつつ一礼した。永倉もそれにならう。
海江田と永倉、どんな戦いをみせてくれるんだろう。
ってか、俊春のことはむぜねっていったのに、永倉は面白そうなんだ。
こっそり、ふいてしまった。
「なんだと、主計?」
そのとき、永倉が振り返った。
なんてこった!
なんでわかったんだ?おれのかんがえていることは、そんなにダダ洩れなのか?
「いえ、永倉先生。ほら、集中です、集中」
「ステューピッド!」
なにげに現代っ子バイリンガルの永倉は、そう投げつけてから海江田に向き直った。
なんてことだ・・・・・・。
明治を経て大正四年まで生きる根っからの剣士は、スラングがめっちゃうまい。
あらためて両者は向き合った。
距離は、おたがいの遠間である。
そして、両者の気が高まってゆく。
 




