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あんたがやれよ!

「おまえらなぁ・・・・・・。掌がとまってるぞ。はやくしやがれ」


 副長に一喝され、慌てて食器を拭くのを再開する。


「薩摩の連中は、おれたちとおんなじだ。口でどうこういうよりも、ぶつかりあったほうがわかりやすい。ちょっとひねってやれば、あっちもムダに恨んだりへんな気をおこしたりせんだろう」


 副長は、そういってからクックと笑う。


「しかし、恥はかかせるなよ、ぽち」

「おいおい土方さん。ずいぶんと注文がおおいじゃないか。さっきのあんたのいい方だと、ぽちは剣術の才能のない小者ってことになる。それが胸を借りる名目で一泡吹かせるってことになったら、あっちは恥をかかざるを得ぬであろう」


 永倉が呆れかえったようにいうと、副長はまたクックと悪意のある笑いかたをする。


「そうだったか?まっ、いいんじゃねぇか?おれの仲間に色目を遣うやつなんざ、たとえ将軍であっても許さねぇ。それ相応の報いは受けてもらわねばな。西郷さんには悪いが、それとこれとは話がちがう」


 不意に、副長の表情かお声質こえがかわった。


 話題の俊春も含め、全員が作業の掌をとめて副長に注目した。


 将軍であっても許さねぇ・・・・・・。


 寛永寺での一件では、実際、副長は俊春を抱いた将軍を許さなかった。

 和解はしたものの、あのときの副長は、井上をはじめとした仲間や手下てかを戦で亡くしたときと同様怒りに苛まれ、悲しんでいた。


 もちろんそれらは人にしられることなく、ではあるが。


 さらには、自分の無力さを呪ってもいた。


「土方さん・・・・・・」


 永倉が、感動したかのようにつぶやく。


「あんたの気持ち、おれもよくわかる。おれも許さねぇよ。だが、そこまでのたまうんだったら、フツーあんた自身が目にものみせないか?それを当人にやらせるって、いったいどうよっていいたいんだが?」


 現代っ子ふうに、非難する永倉。


 厨にある燭台から、チリチリと音がきこえてくる。それから、じつに愉しそうな笑い声が、どこかから流れてくる。


「あああ?新八、なに寝とぼけたこといってやがる。おれは、副長だ。口でいうだけだ。言の葉が武器であり、攻撃だからな。あとは、当人同士で決着かたをつけりゃいい。そういうもんだ」


 もはや、燭台から音もきこえないし、どこかから笑い声も風にのってこない。


 さすがは「キング・オブ・副長」である。もうすこしで、世界の偉人やセレブの名言のごとく感心し、納得してしまうところであった。


 永倉と島田とともに、副長から俊春へと視線を移す。


 しばらくの間、かれは無言のままポーカーフェイスを保っていたが、ややあって動いた。


 かれの右掌がゆっくりと上がってゆく。それがそのまま、右耳に添えられて…・・・。


「ソーリー」


 かれはネイティブよりもきれいな発音とともに、耳がきこえぬとジェスチャーをするという神対応で、副長の驚くべき持論をかわしたのであった。


 

 なーんもしない副長の采配のもと、とっとと片づけをおえた。

 結局、副長は最初から最後まで、箸一本もちあげて抽斗にしまうことすらしなかった。

 

 いくら超イケメンとはいえ、夫にしたら手伝い一つしてくれないのだ。奥さんはきっと、不満に思うだろう。超イケメンも、結婚すればただの夫。結婚するまでは、連れあるいたら自慢できるし、まわりからうらやましがられるだろう。だが、結婚すればぶっちゃけ実務に徹してもらったほうがずっといいにきまっている。


 みてくれで家事が楽になるわけないんだから。

 

 それだけではない。


 副長は、茶一つとっても濃いだの薄いだのと文句をいっている。これが料理になったら、さらにうるさくなるだろう。掃除にしたって、障子の桟に指を這わせて埃が残っていることを責めるはず。洗濯物など、自分しか家にいないのに、雨が降ってもガン無視するにちがいない。


 はやい話が、副長は超絶イヤな夫になるにきまっている。

 

 やだやだ。だったら、おれみたいにカッコはイマイチでも、ちゃんとお手伝いをする男の方が、夫に向いているではないか。


 って、おれも相棒をずいぶんとネグレストしている。愛する奥さんとの間に子どもでもできたら、「仕事が忙しい」を理由に、育児放棄、ついでに手伝いも放棄し、結果、奥さんともめることになるのかもしれない。


 って以前に、そういう心配は、結婚を前提にお付き合いをはじめてからすることにしよう。

 って、おれの未来は、子どもができるどころか奥さんともめる間もなく、割腹自殺するのである。


 ビミョーすぎる。


 そんなおれの副長批判は兎も角、片づけをおえて庭にいってみた。

 すでに海江田は、軍服の上着を脱いでシャツ姿になり、木刀を振ってウオーミングアップしている。


「傷だらけで申し訳なかが、こいをつけたもんせ」


 半次郎ちゃんがそういいながら差しだしたのは、三本の木刀である。室内の灯火のささやかな灯のなかでも、三本ともぼろぼろになっているのがみてとれる。


 示現流の稽古は、立ち木にひたすら木刀を打ち込むときいたことがある。

 この木刀をみれば、その鍛錬がどれほど苛烈なのかが実感できる。同時に、木刀がこれほどぼろぼろになるほどの打ち込みをまともに喰らったら、それこそ頭蓋骨などいとも簡単に粉砕されてしまうだろう。

 

 正直、ゾッとしてしまう。

 



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