副長のむちゃぶりアイデア第二弾!
『第一回幕末杯大喰〇選手権』、舞台は江戸にある薩摩藩の蔵屋敷。カツ丼をどれだけ喰うことができるか、で競われます。
ってな勢いである。室内はふたたび、緊張とカツ丼のにおいに満たされた。
新撰組の代表である永倉と島田のカツ丼をかっ込む勢いは、一杯目とさしてかわることはない。一方、薩摩藩代表の海江田もまた、一杯目同様二杯目もマイペースな超神速でかっ込んでいる。
「やったぁっ!完食っ」
三杯目を一番に喰いおわった永倉が、丼鉢を膳の上におきつつ、つい叫んでしまった。
永倉は叫んでしまってから、体をわずかに硬直させた。
「おおっと。腹がいっぱい、かも。否。八分目だ。もう充分。あとはまた、明朝にするさ。なぁ、魁?」
「いえ、組長。わたしはまだまだ喰い足りませぬ。あと二杯はほしいところ・・・・・・。いたっ!」
永倉にふられた島田が、胸の内を素直に吐露している最中に、永倉がその分厚い胸に肘鉄を喰らわせた。
そして、島田もまたそれに気がついた。
「わ、わたしも腹がふくらんできたかも」
島田はそうつぶやいてから、がははと笑ってごまかす。
二人は、副長が鬼の形相にらみつけていることに気がついたのである。
そんな新撰組の謎の攻防中、海江田も喰いおわったようだ。かれは膳の上に丼鉢を置くと、軍服の胸ポケットからムダに真っ白すぎる布切れをとりだし、丁寧に口許をぬぐった。それから、それを胸のポケットにしまうと、掌をあわせて「ごちそうさま」をした。
その表情は、めっちゃ満足そうである。
「喰うたことんなか料理やったが、わっぜうまかった」
海江田は、お膳を回収している俊春にソプラノボイスで告げる。
あからさまに色目をつかっている。
これは、西郷への挑戦なのだろうか?それとも、新撰組にたいしてだろうか。
「おそれいります、海江田先生」
俊春は、如才なく応じる。
「おっとそうだ。海江田さん、そいつに剣術の指南でもしてやくれまいか?」
そのとき、副長が提案した。
あいかわらず、とんでもないアイデアをだしてくる。
「小者兼料理人といえど、これからは戦場で度胸が試される。だが、そいつは才がないようでな。いくら教えてもできんのです」
副長は、自分自身のことを俊春になぞらえている。
って、思った瞬間、副長にめっちゃにらまれてしまった。
ったく、剣術はイマイチどころかイマヒャク以上なのに、他人の心をよむっていう、どうでもいいような才能だけは開花させるんだから。
都合のいいときだけきこえる、お年寄りの耳とおんなじだ。
って、思った瞬間、副長が拳を振り上げた。
「そんたよか。示現流だけでなっ、薬丸自顕流ん達人でもあっ海江田さぁなら、教ゆっとにうってつけやろう」
半次郎ちゃんが拳で太腿をパンとうち、副長のアイデアに賛同した。
めっちゃニヤニヤしている。あきらかこのあとの展開を期待しているのがバレバレである。
「おっ?それはうらやましい。ぽちなど、海江田先生の教えはもったいなさすぎよう。ならば、おれも胸をお借りしたい」
そして、のっかってくる剣術馬鹿の永倉。
「あっでは、おれも」
その永倉ににらまれたので、おれものっかることにした。
正直、ウィキだけでは海江田の誠の腕前ははかりかねる。だが、半次郎ちゃんよりすごいってことはないだろう。
ということは、永倉なら海江田の上をいっているはず。
ということは、おれなら海江田の下をさまよっているはず・・・・・・。
まっ、おれは薩摩兵児のタイプじゃないらしいし、ビシバシやられることはあっても、ビシバシヤラれることはないはず。
「というわけだ、ぽち。さっさと後片付けをすませ、海江田先生にボコられろ」
「されど、わたしなど・・・・・・」
副長の現代語をまじえた命令に、俊春は当惑しているふりをよそおっている。
「西郷さん、余興にいかがですか?ぽちがキャンキャン鳴くところをご覧になって、笑ってやってください。昼間のことなど忘れさせてくれますよ。大丈夫です。ぽちは、すべて心得ています」
副長は、暗にいっているのである。
『色目をつかう海江田に、教育的指導をおこなう程度ですませる』、ということを。
「そいでは、見物させてもれもんそ」
西郷は、苦笑しつつ答えた。
「副長。それにしても、先夜からとんでもない提案ばかりされてますよね」
厨でせっせと俊春の手伝いをしながら、副長に尋ねてみた。
もちろん、副長が手伝いなどするわけもなく、「もっときびきび動け」だの「置く位置が気味が悪い。ずらせ」とか、俊春よりも指示をだしまくっている。
「たしかにな。だれかさんは、自身ではなーんもせぬのに、ムチャぶりばかりおしつけてる。ぽち、嫌だったらはっきり断っていいんだぞ。だれかさんの欲求を満たしてやる必要なんざないんだし、おまえにはおまえのかんがえがあるであろうからな」
「なんだと、新八?おれにだってかんがえがあるんだ。なにも、伊達や酔狂でいってるんじゃねぇ」
「ふーん」
思わず、永倉と島田とおれがかぶってしまった。




