すべては『愛』……
海江田の喰うスピードがさらにアップした。それに連動し、組長伍長のスピードもさらにアップする。
ぜったいに体に悪い喰い方である。それに、ただ流し込んでいるだけって、つくってくれた料理人にたいして失礼すぎる。
「おかわりっ!」
「三杯目、おかわり」
「もっとほしか」
島田、永倉、海江田が、丼鉢を膳に置いて同時に叫んだ。
しかも永倉は、どれだけ喰ったかっていう成果をムダに強調している。
西郷と副長は、静かに食しつつスルーしている。
「承知いたしました」
俊春はうなずくと立ち上がり、三人の膳の上から丼鉢を回収しはじめた。
「わっぜ美味か」
俊春が海江田の膳の上から丼鉢を回収した瞬間、海江田がにっこり笑ってソプラノボイスでささやいた。
おいおい、あんだけスピーディーに喉に流し込んでおいて『マジでうまかった』だなんて、(ほんまに味わかっとんのかい)って、心のなかでツッコみたくなる。
おれも喰いおわったので、自分の分とほかにあいている丼鉢を回収し、厨にもってゆくことにした。
野村と別府は、警備兵たちのところへゆくという。
「晋介が、マブダチを紹介してくれるっていうから」
途中まで三人であるきつつ、現代っ子バイリンガル野村がいう。
「それはよかったな、利三郎。いつかトレードされてもいいように、薩摩藩にコネでもつくっておくといい」
「そうだな。コネは、西郷さぁがいるからバッチグーだろう?あとは、コミュニティでもつくっておけば、キャリアアップしたときにいつでもスタートできる」
「はぁ?キャリアアップって、なにかんがえてんだ?」
呆れてものもいえぬ、とはまさしくこのことである。
「主計どんもくればよかとに。よか仲間ばかりど」
廊下で別れる際、別府が誘ってくれた。
「ありがとう。だけど、ぽちの手伝いをしなくては・・・・・・」
「スィー・ヤ!」
おれがまだ答えおわらぬうちに、現代っ子バイリンガル野村が、右掌を振り振りいってきた。
肩を組み、廊下を去ってゆく二人。
その背に「Have fun!」と投げかけてから、厨へと急いだ。
厨にゆくと、俊春は三人分をつくりおえたところであった。
「ぽち、あとどのくらい残っているんです?」
俊春は、喰うメンバーの摂取量を想定してカツを揚げ、タレも作っている。香の物は無尽蔵っぽいし、汁物も明日の朝までいけそうなほど準備している。
「三人の腹がはちきれるほど残っている」
俊春は、苦笑とともに答えた。
二人で手分けして盆にカツ丼をのせ、部屋へ戻ることにした。
「うまかったです。どうやったら、あんなにサクッと感が残るんですかね。ってか、毎度のことですが、料理初心者のおれの説明でよくあれだけの料理がつくれますよね。しかも、どれも現代のプロ、もとい料理の名人よりうまいですよ」
「すべては愛、だ」
「はい?」
「おぬしも難聴とやらではないのか?わたしの声音はちいさすぎるか?恥ずかしきことを、幾度もいわせるな」
「すみません。あまりにも想像の斜め上をいってる答えでしたので、すぐには理解できなかったんです」
「いかなる料理でも、食してくれる人にたいして敬意を払い、愛情をこめるのだ」
これではまるで、付き合いはじめたカップルだ。彼氏のうちにはじめてお邪魔し、丹精込めて一生懸命手料理をつくる女の子ではないか。
「粗末な食材であろうとお粗末な料理の腕前であろうと、愛さえあれば美味く感じるものだ」
「愛とか愛情とか、ちょっと意外ですよね」
俊春は、こちらへ視線を向けてきた。そのかっこかわいい相貌には、当惑がありありと浮かんでいる。
聴覚をうしなっているかれは、おれの声ではなく心をよんだり口の形をみて反応しているのである。
「意外?わたしには、それらがおかしいとでも申すのか?」
「おかしい、というのはちょっとちがいますね。あなたは、兄とか仲間とか、そういう身内や仲間への愛や愛情がパネェって気がします。ゆえに、だれにでもわけへだてなく愛や愛情をそそげるというのが、意外なだけです。でも、料理が愛情ってところは、おれも同意しますよ」
「そうか・・・・・・。わたしは、人間にたいして憎悪しかしておらぬように感じられるのだな」
「なにゆえ、そんな極端な表現になるんです?いっておきますが、あなたには、そんなものちっとも感じられませんよ」
なにゆえ、カツ丼のカツの衣がサクッとしててうまいってところから、こんな無限ループ的な内容になってしまうんだ。
「そうか。それはよかった」
その俊春の答え方は、あまりにもサラッとしすぎていた。だから、思わず嫌味をいわれたのかと思った。ゆえに、思いっきりにらみつけてしまった。
しかし、かれの表情には、心底ホッとしているというような安堵感が、静かにひろがっている。
その表情の意味とかれの気持ちは、正直はかりかねてしまう。
気がつけば、みんなのいる部屋にもどってきていた。




