体育会系の男
「はははははっ!副長や組長は『うれしがり』なのですな?」
島田はおおきくて分厚い掌で、自分の太腿をバンバン叩きつつおおよろこびしている。
「でっ、『うれしがり』とは、どういう意味なのだ?」
はぁ?しってたんじゃないのか、島田?
「主計、この野郎っ!おれと土方さんを一緒にするんじゃない」
永倉がおれのまえに腕組みして立ち、めっちゃマウンティングっていうか、めっちゃ脅してきた。
「おかわりが必要でございましょう」
そのタイミングで、奥の襖がすっとひらいた。
俊春が、三つ指ついている。
「おっ、ぽち。サンキュー。ナイスタイミングだ。ちょうど厨にゆこうとしていたところに、主計のやつが難癖付けてきやがってな」
おお・・・・・・。俊春、ナイスタイミング。
ってか、永倉よ。サンキューにナイスタイミングって、めっちゃ自然につかえててすごすぎである。
それは兎も角、副長も永倉も、いそいそとまた喰う態勢に入っている。
「あれ?一つおおくありませんか?」
俊春は全員に二杯目を配りおえたが、盆の上にまだ一つ丼鉢がのっている。
「いらっしゃったようです」
俊春は、縁側の向こうにひろがる庭へ視線を向けた。相棒も、表門がある方向に体ごと向いている。
「海江田さぁがきたんじゃなあ」
半次郎ちゃんがいった。そこでようやく、海江田の気がちかづいてくるのを感じた。
「西郷さぁ、おそうなってすみもはん」
灯火の届かぬ暗がりから影が切り取られ、海江田がソプラノボイスとともにこちらへゆっくりちかづいてきた。
「ちょうど夕飯を喰うちょっところじゃ。武次どんのも準備をしてくれちょっで、喰いやんせ」
西郷が声をかけると、灯りのなかにかにあらわれた海江田の相貌がうれしそうにゆがんだ。
「腹が減ってけしみそうじゃ。そいじゃっどん、あんやっせんぼん策で生命を落とすとなら、まだましじゃちゅうもとじゃ」
かれはブツブツとつぶやきながら相棒に愛想笑いをしてみせ、それから縁側からあがってきた。
部屋の内をざっとみまわすと、半次郎ちゃんにずれるように顎をしゃくる。
半次郎ちゃんはなんにもいわず、『仕方がないなぁ、この先輩は』って表情で尻の位置をずらした。
海江田は、自分が半次郎ちゃんより上座に座りたいのである。
かれは、体育会系気質の強い性質のようである。
「こんた?みたことんなか喰い物じゃなあ。あたがつっったとな?うまそうじゃ。さっそきただきもんそ」
俊春はいったん厨に戻り、みそ汁と香の物をお膳にのせて戻ってきた。カツ丼ものせ、胡坐をかいている海江田のまえに置くと、海江田は双眸を細め、ソプラノボイスで問う。
「板橋では他藩の手前、薩摩言葉をつかいましたが、わたしは料理人兼小者といういやしい身分でございます」
すでに俊春は、縁側に控えている。軽く頭を下げつつ、海江田にそう告げた。
「武次どん。カツ丼ちゅう喰い物らしい。おいどんらは、すでに一杯喰うたが、いままでに喰うたことんなかどんめえ物じゃ。はよ喰うたほうがよからしいんで、いただっとしもんそ」
西郷が咳ばらいを一つしてから、すすめる。
「そんた、愉しみじゃなあ。では、いただっ」
海江田も超絶マックスに腹をすかせていたのだろう。膳から丼鉢をもちあげ、箸を動かしだすと、無言のままかっこみだした。
しかも、そのまんま噛まずに丸呑みしているんじゃないかっていうほど、犬喰いである。いや、犬でももっと咀嚼するだろう。
それを横目にし、おれたちもニ杯目をいただいた。
二杯目なので、まだ味わうという余裕がある。ゆっくりと噛みしめ味わいつつ、視線を巡らせると、西郷は心静かに食している。半次郎ちゃんは、食事開始までは胡坐であったのを、食事がはじまると同時に正座し、姿勢を正して食している。一杯目もそうであったが、がつがつという感じではなく、しっかり噛んで呑み込んでいるって雰囲気である。
食事時のマナーはちゃんとしているらしい。
ちょっと意外である。
副長は胡坐だが、食事のときはそれなりにマナーはいい。ってか、イケメンは、食事のときであってもカッコよさをアピールしているのである。いまも、どの角度からみてもインスタ映えする食事風景になるよう、気を配っているにちがいない。
野村と別府は、一杯目は無言で喰っていたが、いまは女の子の話題で盛り上がりつつ喰っている。
どうやら、薩摩の女性は、きれいな人がおおいらしい。
永倉と島田は、海江田の喰い方が異常にスピーディーで勢いが抜群であることに気がついたらしい。それと同時に、対抗意識に火がついたようだ。
一杯目のときとなんらかわりなく、ものすごい勢いでかっ込んでいる。
昨夜の教訓は、まったくいかされていないようだ。ってか、覚えていないんだろう。
永倉と島田、新撰組二番組の組長伍長の勢いに、海江田も気がついたらしい。
もっとも、いまのフードバトルに、新撰組二番組はなんの関係もないし、組長伍長の肩書などなんの効力もない。
ただいってみたかっただけである。




