永倉の采配
「おやっとさぁじゃ。ちょうどできあがったところじゃ。順番に受け取ってもれ、はやめに食べたもんせ」
俊春が、卵をまわし入れながらいってくれた。
「どうぞ」
入口にゆき、警備兵の一人に盆をさしだした。
「よかにおいなあ。わっぜうまそうじゃ」
永倉と島田とおれから盆を受け取った警備兵たちは、瞳を輝かせ、うれしそうに笑みを浮かべている。
「そんたカツ丼じゃ」
俊春は、つぎからつぎへとカツ丼をつくりながら、かれらに簡単に説明する。
警備兵たちは、受け取った者から厨から消えてゆく。そして、最後の一人が去ってしまった。
俊春は、すでにおれたちの分をつくりはじめている。
俊春は、「それではあらためて」とたすきをかけなおし、気合を入れなおした。
そしてふたたび、カツ丼をつくりはじめたのである。
「おいっ魁、飯は盛りすぎるなよ。カツや卵が飛びでちまう」
「おいっ主計、みそ汁の具はそんなにたくさん必要ない」
永倉は、ずいぶんとはりきっている。いいや。はりきっているというよりかはいきいきとしていて、すっごく機嫌がいい。率先して、島田とおれに指示を飛ばしてゆく。その采配は、ずいぶんと適切でタイミングもばっちりである。
さすがである。新撰組で組長をやっていただけのことはある。
現代にいた時分は、試衛館派というだけで幹部になり、組長をやっていたのだとばかり思っていた。たしかに、新撰組となったばかりの時期は、そうせざるをえなかったにちがいない。当初、人数はすくなかった。なかには、得体のしれぬ者もいた。それどころか、くる者拒まず、過去は問わぬっていうおいしい採用条件である。だれだって喰いつくにきまっている。っていうか、かえってまともでない者のほうが、入りたがったにちがいない。
そんななか、局長や副長はそれらをまとめるのに、信頼できる者に託すしかない。ということは、ずっといっしょにやってきた仲間に任せるのがてっとりばやい。
井上源三郎、山南敬助、永倉新八、原田左之助、沖田総司、斎藤一、藤堂平助である。
山南だけは組長ではなく、総長という立場である。
ほかにも、武田観柳斎や松原忠治、谷三十郎などもいたが、いずれも始末されている。その理由は、さまざまである。
兎に角、当初の時分は別にしても、新撰組で有象無象の連中を束ねるには、局長や副長の仲間というだけではつとまらない、というわけである。
とくに永倉は、剣の腕前だけではない。総合的にみて、リーダーにぴったりな逸材であろう。
それは兎も角、かれはこういう場においても、リーダーシップ力をいかんなく発揮しているっていうわけである。
とはいえ、どっかの超イケメンとはちがう。指図するだけではなく、自分も率先して動いている。
やはりそこが、人間としてもちがうし差がでるのであろう。
「ほう・・・・・・。おれが新八に劣るってか?いつからえらそうに人間の比較や批評をできるようになったんだ、主計?」
「ひいいいいっ!」
背後からささやかれ、その場で数十センチ飛び上がってしまった。まさしく、漫画みたいに、である。
「いまのをみたか?」
「ええ、組長。すさまじい跳躍力でしたな」
そのおれをみ、永倉も島田も作業の手をとめて笑っている。
「す、す、す、すみません、副長っ!」
おれは厨の一番奥にいて、壁を背に向けみそ汁をよそっていた。厨の入り口は、まるみえである。しかも、厨のおおきさは、五つ星巨大ホテルの厨房ほどひろくはない。気配云々以前に、おれの双眸にとまらぬよう、厨に入っておれの背後をとるなんて・・・・・・。
じつは副長って、そこそこの達人かなにかだったのか?いつもはわざとチート感を醸しだし、隠しているのか。
そんなことをかんがえつつ、ついでに謝りつつ勢いよくうしろを向くと、そこには副長が・・・・・・。
「ひっかかってやがんの、主計」
「主計、すっかりだまされたな」
永倉と島田は、さらに馬鹿笑いしている。
「ぽ、ぽち?」
そう。俊春が副長の声真似をしたのである。
俊冬とちがって相貌こそ似ていないが、声のコピーは完璧である。本人以上に本人っぽかった。
「ひどいじゃないですか。心臓麻痺を起こしそうなほど、びびりましたよ」
思わず、声高にクレームをつけてしまった。
『ウウウウウッ』
うなり声にはっとした。おそるおそるうしろを振り返ると、厨の入り口で相棒がお座りの姿勢でうなり声をあげているではないか。戦闘態勢こそとっていないものの、「うちの子に、なにいちゃもんつけてんねん」ってオーラがでまくっている。
世の無常である。
おれはまだ盛者の経験もないのに、いきなり必衰している。
「だいたい、うしろ暗いことばかりかんがえてるから驚くんだ。だったら、かんがえないか、本人になんかいわれても「それがなにか?」的に堂々としていられるほど、度胸をすえていればいい」
にやにや笑いの永倉のいうことは、間違ってはいない。
だが、当然のことながら、おれにはそのどちらもできそうにない。




