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おいしいカツ丼作ります

 さすがは薩摩藩である。胡椒まで常備してある。塩漬け肉なので、塩は控えめにして胡椒で下味をつけ、粉末と化した麩をさっとつけてからほぐした卵にくぐらせ、ふたたび麩をまんべんなくつける。よぶんな麩をはらい、準備しているパッドがわりのまな板にのせてしばしそこでなじませる。それを、繰り返してゆく。


 その間に永倉と島田と三人で蔵の一つにゆき、菜種油をみつけてきた。ここにある食材は、もしかするとこのあとにおこる上野戦争で焼けだされた人々のために活用されるかもしれない。

 そうかんがえると、心が痛んでしまう。


 申し訳ない・・・・・・。

 心のなかで詫び、菜種油が入っている壜を抱えて厨へともどった。


 下ごしらえをおえた俊春は、底がひろく浅めの鉄鍋を探しだしていた。そこに菜種油をおおめにいれ、豚肉を揚げてゆく。香ばしいにおいが、あっという間に厨の内に充満する。それを鼻がとらえた瞬間、急激に腹が減ってきた。

 それは、永倉や島田も同様である。三人の腹が、いっせいに「I’m hungry .」と叫びはじめた。


 永倉は飯を炊き、島田とおれはみそ汁をつくった。揚げ物をおえた俊春は、カツ丼のたれをつくっている。


 みそ汁の具は、さつま揚げを細かく刻んだものとわかめにした。香の物は、これもまた俊春がみつけている。


「わおっ!つぼ漬けですね。たしか、薩摩では山川漬けともいうはずです」


 こぶりの壺にたくさん入っている。そういえば、今朝はでていなかった。

 もしかすると、沢庵を優先してくれたのかもしれない。

 篠原あたりが、副長が沢庵を好きってことをしっていたのかもしれない。


 だとすれば、薩摩藩の情報網はすごいのかもしれない。ただし、副長の「剣が遣える」ってところはのぞいて、だが。


「へー、薩摩の漬物か?」

「ええ、永倉先生。ご覧のとおり大根なんですけど、沢庵とは漬け方がちがいます。つぼ漬けは、大根を杵でついて干し、塩漬けしてから壺に投入して調味醤油で漬けるっていう製法だったと思います。れっきとした薩摩の漬物ですよ。個人的には、沢庵より好きかもしれません。って、島田先生、つまみ喰いは・・・・・・。あーあ、おそかった」


 おれが蘊蓄を述べている間に、島田が壺に掌を突っ込み、指でつまんで口に放り込んでいた。

 まったくもう!油断も隙もあったもんじゃない。


「おおっ、めっちゃうまい」


 島田は、なにげに現代っ子ふうに批評している。


「なに?ならば、おれも・・・・・・」

「つまみ喰いはいけません」


 壺にのびかけた永倉の掌が、ぱちんと音高くはたかれた。


 たすき掛けでほっかむりに前掛け姿のお母さん、もとい、俊春が、怖い表情かおで立っている。


「飯がふいていますよ」


 それから、かれの指が竈を指す。


「はーい、母上」


 永倉は苦笑しながら謝罪し、慌てて竈へはしってゆく。


「イット・スメルズ・デリシャス!」

「アイ・アム・ハングリー」


 そのとき、厨の入り口に、現代っ子バイリンガル野村と、そのあたらしい悪友別府があらわれた。


 別府は、かんぺきなまでに野村に毒されてしまっている。

 これで、薩摩の未来ある若者をダメにしてしまったようだ。


「おいっ、利三郎。遊んでいるんだったら、手伝えよ」

「オウ・ゴッド、主計。ウイ・アー・スタディング・ア・ロット・オブ・スィングズ・ソウ・ウイ・アー・ビジー」

「あのなー、それを遊んでるっていうんだよ。手伝ってくれないんだったら、どっかほかで遊んでくれ」

「男のヒステリーはみっともないぞ、主計」

「はぁ?ヒステリーじゃない。注意しているんだ。いまのどこが、ヒステリーだっていうんだよ。ったく、いいご身分だな」

「アイム・ノー・マッチ・フォー・ユー」


 あかんがな・・・・・・。


 地面にがっくりと両膝を折ってしまった。敗北感がぱねぇ。

 先夜の剣術なんかより、よっぽど打ちのめされている。


 神様、もうおれの手には負えません。


「すごいのう、利三郎。異国にゆけるのではないか?でっ、いまのはなんだって?」


 好奇心旺盛な永遠の少年島田は、呑気に笑っている。


「腹立たしいったらありませんよ、島田先生。遊ばず手伝えっていったら、いろんなことを勉強してて忙しいって返されました。ゆえに、いいご身分だなってやり返したら、おまえには負けるよって返してきたんです」


 島田をみあげ、力なく告げる。


「永倉先生っ!組長から、バシッといってやってください」

「ソーリー!アイム・ノット・クミチョウ・ナウ」


 さらにがっくりきた。なにげに現代っ子バイリンガルな永倉にまで、やり返されてしまった。


「晋介、いまのが主計いじりだ。レッツ・ネクスト・レッスン・ナウ!」

「オッケー・リサブロウ!」


 野村と別府は、ケタケタ笑いながら厨から去ってしまった。


「さて・・・・・・」


 俊春は、まるでなにごともなかったかのように鼻を宙に向け、においを嗅いでいる。


「副長たちが戻られたようだ。そろそろ、仕上げにかかるとしよう」


 さすがは、犬以上の嗅覚をもつ男である。


 打ちのめされたのも束の間、カツ丼にありつけると思うと、ソッコーでレベルが回復する現金なおれであった。




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