備えあればなんとやら
「西郷さん。こいつは、兄とともに最高の料理人でもあります。おれたちも、昨夜にひきつづいてタダ飯を喰らうってのも気がひけます。こいつにつくらせてやってください」
「おいおい、土方さん。どうせあんたはなーんもせんだろうが。ということは、あんただけはタダ飯喰らいってわけだな」
副長の西郷への気遣いに、永倉がツッコんだ。
「よし、ぽち。おれも手伝うぞ」
永倉は、副長にいい返されるまえにとっとと厨の方へとあるきはじめている。
「おれもいきます」
「わたしも・・・・・・。組長、つまみ喰いはぜったいにしませんって」
おれにつづいて島田が名乗りをあげると、永倉がかれをめっちゃにらみつけた。ゆえに、島田は慌ててそう宣言した。
「利三郎は?ってか、いないし」
さっきまで、うしろで別府と盛り上がっていたのに・・・・・・。
野村利三郎。おまえ、手伝いを回避したな?
残念ながら、別府をまともな薩摩人、あるいは薩摩兵児にもどすことはできないだろう。
野村のやつめ。半次郎ちゃんに、フルボッコされてしまえ。
「主計、兼定をつれていっていいか?散歩係のおまえにかわり、このおれみずからが散歩させてこよう」
そして、ここにも手伝いを回避しようという要領のいい男がいる。
「いかがですか、西郷さん」
「そんたよかね。めりもんそ」
西郷は、二夜つづけて相棒と散歩できるのがそうとううれしいらしい。副長の誘いに、まってましたとばかりにのっている。
「半次郎ちゃんもどうだ?」
そして、副長は半次郎ちゃんも誘う。
俊春が西郷に相棒の綱を渡し、かれらは裏のほうへと連れもって去っていった。
「ならば、いまのうちに準備をしよう」
永倉の号令以下、おれたちは夕食の準備を開始した。
忘れてしまっているようだから、念のためのアテンションである。
江戸は、いまや敵地である。おれたちは、敵の屋敷で夕食をつくろうとしているのである。
厨にゆくまえに、俊春が蔵の一つにおれたちを導いた。ってか、勝手に人んちの蔵に入っていいのか?
「案ずるな。西郷先生に許可をいただいている。現在、ここには薩摩軍の糧食が運び込まれているはずだったそうだ。が、時化で船の到着がおくれているらしい」
「え?だったら、おれたちが喰っちまって大丈夫なのか?」
俊春は、永倉の当然の問いに一つうなずいた。と同時に、蔵の引き戸をあける。
わお・・・・・・。
蔵は、ひかえめにいってもでかい。そこに、米俵や樽をはじめとし、そこそこの食料が、ってか、めっちゃ保管されている。
「どういうことだ?」
島田が、至極当然の疑問だって表情で問う。
「江戸や江戸近郊の商人から接収したそうです。なかには、本来ならば幕府軍に渡るはずの食料もございます。薩摩は、いえ、西郷先生は、土佐や長州よりさきんじて、食料を接収されたと」
土地や食料等、占領軍がその土地のあらゆるものを接収するのは、戦争では当然のことである。
西郷が食料を接収したのは、ホームグラウンドが遠いがために、糧食の運搬が容易ではないからにちがいない。
食は、なにより大切である。それでなくとも、将兵は故郷をとおくはなれ、右も左もわからぬ土地で戦をしているのである。ストレスや不平不満はだれだってもっている。そこにきて、喰うものがろくになければ、不平不満の爆発どころのさわぎではなくなるだろう。
それこそ、軍じたいが瓦解してしまうかもしれない。
「薩摩からの糧食は、そうさほどないうちに到着するということです。西郷先生は、おおくの将兵もですが、この後におこる江戸での戦で焼けだされるであろうおおくの江戸の人々のことも、念頭に置かれていらっしゃっいます」
俊春はそう説明し、食材にちかよると物色しはじめた。
「ほう・・・・・・。焼けだされ、家をうしない喰うものもない、江戸の民のために?」
「長州も木戸先生がいらっしゃったら、西郷先生と同様のことをなさったでしょう」
永倉の問いに、俊春が応じる。
そこではじめて気がついた。
西郷は、焼けだされた人々に炊き出しをすることで、薩摩の心証をよくしようとしているのだ。連合軍全体のではない。薩摩だけの、である。
薩摩からの供給が間に合わなければ、接収したものを糧食としてつかえばいい。間に合えば、接収したものを江戸の民に支給すればいい。そうすれば、江戸の民の関心を得ることができるかもしれない。
どちらに転んでも、接収したものであるがために損はしない。
これは、大村では到底かんがえつかぬであろう。それこそ、俊春がいったとおりである。そういう機転は、木戸孝允あたりならききそうである。
木戸もまた、この幕末の騒乱の立役者の一人である。桂小五郎という名の方が、あっと思う人がおおいかもしれない。
そんなこんなで、米や味噌、干物や乾物をピックアップしてから厨にいった。
篠原は、ガチに気配り上手さんなんだ。
厨には、篠原が野菜や魚を貯蔵している。
ってか、その篠原がいなければ、いったいだれが料理するんだろう。




