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蔵屋敷に「ただいま」

 そこまでかんがえた瞬間、またしても俊春と双眸があった。かれは、おれをよんでいるにきまっている。なんと、おれから双眸をそらすと、それを副長の方へ向けるではないか。


 チクられる。直感すると同時に、怒鳴っていた。


「ぽちっ!いつまただれに会うやもしれません。さっさと出発しましょう」


 俊春は、おれのドスをきかせたつもりの声に、また双眸をこちらへ戻した。厳密には、おれの心の叫びを感じて、である。

 アイコンタクトで、『ぽーちー、お願いですからこのままいきましょう』と懇願する。


「副長、文はおよみいただけましたか?われらは面識がありませぬが・・・・・・」

「ああ、ぽち。そうだな。元御陵衛士れんちゅうに会っちまうのも面倒だ。ここからはやいとこ退散するにこしたことはない。新八」

「おうっ!主計、交代しよう」


 俊春は、おれのアイコンタクトにちゃんと応えてくれた。


 永倉が駕籠の後棒をかわってくれ、板橋をあとにしたのであった。


 蔵屋敷までの道中、西郷から大村が海江田や半次郎ちゃんだけでなく、軍議に参加していた将官たちをおおいに憤慨させたことをきいた。

 さすがに、軍議の詳細までは教えてくれなかったが。


 なるほど。ゆえに、商家のまえで長州の将官たちが謝りたおしていたわけか。軍議があるたび、長州の士官たちはああして謝りまくっているのであろう。だとすれば、長州藩も肩身がせまくはないだろうか。


 そういう心配は兎も角、じつは、おれはいまおこなわれている軍議の内容をしっている。


 上野の寛永寺にたてこもっている彰義隊を、殲滅するための軍議である。

 大村がたてた戦術は、彰義隊を殲滅するために、薩摩藩を矢面に立てて布陣させるものである。


 西郷か半次郎ちゃんがその布陣をみ、「みな殺しにするつもりか?」と声を荒げたという。

 短気なわりには慎重派である海江田にいたっては、最初から最後まで意見が異なっている。


『君は、戦をしらぬ』


 大村は、海江田と口論中にそういい放つ。まぁ海江田でなくても、そんないわれ方をすれば、だれだって腹が立つだろう。


 とはいえ、西郷はさすがに薩摩の代表でありひとである。本心はどうあれ、おなじ藩の海江田より大村を立て、大村の戦略・戦術を認めていたという。

 が、大村の方はちがったようである。西郷を認めてはおらず、明治におこる西南戦争を予見するようなことを周囲に語るらしい。


 これらは、あくまでもweb上でみたことであり、なかには創作されたものがそのまま伝わっている可能性もゼロではない。


 もっとも、これまでのかれらをみているかぎり、現代に伝わっている大村や海江田像は、おおむねあっているにちがいない。


 

 蔵屋敷にもどったのは、暗くなってからであった。


 篠原や「幕末のプ〇スリー」こと村田、それから黒田の姿はなく、かわりに、もともと蔵屋敷の警備を受けもっている者たちであろう、十名ほどの兵卒たちがいた。


 それにしても、警備が手薄すぎる。

 西郷の半次郎ちゃんの腕にたいする信頼度がぱねぇことがよくわかる。


 深夜、闇にまぎれて彰義隊でも襲ってこようものなら、どうするつもりなのであろう。

 ちなみに、彰義隊は開戦当時こそ千名程度であったが、さまざまなところから集まってき、最終的には四千名ほどになったと記憶している。


 その四千名が、というのは無理でも、いくつかのグループかにわかれてあらゆるルートから迫ることはできるだろう。百名くらいまでであったら、蔵屋敷を囲んで制圧することができるかもしれない。


 さすがの半次郎ちゃんも、百名を相手に戦い抜けるはずもないだろうから。


 そうなったら、とんでもないことになる。


 おれたちが到着したタイミングで、駕籠屋の駕籠舁きたちがやってきた。無事、駕籠をかえすことができた。駕籠舁きたちは駕籠を貸しただけで法外の金を得ることができ、幾度も礼をいってかえっていった。


「厨のものをつかってもかまいませぬか?」


 俊春は、あいかわらず動作を停止するということをしらない。玄関先で、西郷に申しでた。


 きっと、とまったら死ぬ系なんだろう。


「もちろんじゃ。じゃっどん・・・・・・」


 西郷が当惑するのも無理はない。


「ああ、お案じ召さるな。昨夜、厨や蔵の食材を確認しております。篠原先生は、そうとうご準備されていらっしゃいます。これにて籠城できるほどの量でございますゆえ、警備の兵卒の方々にも腹いっぱいいただいていただきましょう」

「んーにゃ、そげん意味じゃなかとじゃ」

「西郷先生、昨日と今宵、腹いっぱい喰ったとて太るわけではござりませぬ」

「んーにゃ。そげん意味でもあいもはん」


 西郷の口の形をみつつ、俊春は相貌かおを右に左にかたむける。それから、ぽんと右拳で左掌をうった。


「これは配慮が足りませんでした。まさか喰いもののなかに、毒などまぜませぬゆえ。それから、味付けは薩摩のほうにあわせましょう」


 俊春がにっこり笑って告げると、西郷はとうとう笑いだした。

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