処遇
坂井は、意外にも武田観柳斎の男であった。
そして、林に潜み、おれを襲おうとしたのは、すべておねぇ派の隊士たちであった。
坂井は巧妙だ。
まず、生前の武田との関係をだれにも気づかせなかった。そして、武田が新撰組でその立場を悪くしたのを、おねぇが加入したからだと思った。武田が死ぬまえから、坂井はおねぇを陥しいれようと画策した。
だが、どうやら木乃伊取りが木乃伊になってしまった。つまり、標的たるおねぇに、文字通り心身を奪われたのだ。
武田のこともおねぇのことも、ほとんどしらないおれですら、武田よりおねぇのほうが魅力的にみえるし、どちらかを選べと迫られれば、おねぇを選ぶであろう。おそらく・・・。
坂井の標的はかわった。
それは、武田を捕縛し、暗殺へと導いたおれである。
ゆえに、おれに接触してきた。
保険は、おおいほうがいい。
坂井は、局長と副長がおねぇの生命を狙っていると、新撰組のおねぇ派の隊士たちに吹聴した。さらには、新撰組内にいるおねぇ派すべての粛清も検討している、とも。
おねぇ派の主だった隊士たちが黒谷で切腹したことで、残りのおねぇ派の隊士たちが動揺している時期だ。自分たちの身辺に危険が迫っていることを、なににもおいて感じとっているはず。
坂井の口車に、まんまとのせられたとしてもいたしかたない。
そして、ここが重要かつ難儀なことなのだが、坂井は示現流の遣い手。それも、そこそこの腕前だということが、監察方の調べで判明した。もっとも、いまさら?の感も否めないが。
そもそも坂井は、薩摩の間者であった。
薩摩の間者が新撰組に潜入し、どれだけ木乃伊化してしまったのか・・・?
というわけで、副長の行動を伝えていたのも坂井だったわけである。
気がおおくなければ、さらに完璧に任務をこなせたはずだ。それを専門にしていたわけではなかったのかもしれない。
武田への愛ゆえか、あるいはおねぇへの愛ゆえか?兎に角、坂井は急ぎすぎた。もっとも、そのお蔭で露見したわけだが。
坂井の正体についてよりも、そののちの坂井の処遇についてのほうが、より驚かされた。これについては、おれだけではない。真実をしった者全員が、同様に驚いた。
大石にでも斬らせるか、あるいは詰め腹斬らせるか、どちらかだと思っていた。いや、そうなるであろうと、だれもが確信していた。
が、どちらも間違っていた。
副長は、坂井に六名のおねぇ派の連中も添え、二度と新撰組には戻らぬという条件をつけ、御陵衛士に送り付けた。
御陵衛士の連中は、さぞかし驚いたであろう。そして、副長の真意をはかりかね、警戒し、不安になっているであろう。
おれたちもまた、副長の真意をはかってみた。そして、ある推測にいきついた。
それは、ついに御陵衛士、とくにおねぇの始末をつけることになったのだ、というものである。