邪悪な親鳥とかわいらしい雛鳥
「たまがいないことに慣れてきた、と申したのだ。むしろ、たまがいないことで、超絶マックスにノリノリな気がする。そして、このときを心からエンジョイしている」
「はあ?あんなにたまのうしろをついてまわっているあなたが、いきなり反旗を翻すのですか?」
俊春の現代っ子バイリンガル風に表現したいまの言葉は、ジョークなのか?
かれのだいぶんと伸びてきた髪をみつつ、ジョークなのかマジなのか判断に苦慮してしまう。
「なんだと?」
突然、かれがふりかえった。
意識をしていたわけではないが、おたがいの距離がちかすぎる。懐の内というにはとおいが、小太刀で充分致命傷を負わせることのできる距離である。
俊春は視線を合わせてから、二人の距離間を意識したようである。ポーカーフェイスをくずすことはないが、かれが息を詰めたような気がする。
なにかいわねばならない。このシチュエーションは、気まずすぎる。
もちろん、致命傷を負わせることができる距離だからではない。
いまはいつもとちがってBL的な意味で、である。
内心で焦りまくっているのに、気のきいた言葉の一つも浮かんでこない。あるいは、ギャグも。
ここは通りから死角になっていて、陽の光も部分的にしか射していない。つまり、薄暗い。
って、おれ、いったいなにがいいたい?
ますます焦りがつのってくる。
「あの・・・・・・」
いいかけようとしたところで、相棒がさりげなくおれたちの間に入ってきてお座りをしたではないか。
それから、おれをみあげてから「フンッ!」と鼻を鳴らし、俊春をみあげてからパタパタと尻尾で地面をはいた。
正直、ホッとした。
「たまのうしろをくっついてまわっている?」
かれはおれから視線をそらすと、視線を相棒へと向けた。相棒の尻尾が、さらに勢いを増してパタパタパタパタパタと振りまくられている。
これだったら「お掃除ロボット兼定」として、web上に出品してもいいかもしれない。
ってやっかんだ瞬間、相棒がめっちゃにらんできた。
って、最近は相棒にまでよまれてるってか?
「え、ええ。なんだかんだいいながら、ぽちはいつもたまのうしろをチョコチョコとついてまわっている印象がありますので。親鳥のうしろについてゆく、雛みたいな感じでしょうか」
「なんてことだ・・・・・・」
かれはショックを受けたようにつぶやくと、両膝をおって相棒と目線をあわせた。
「きいたか、兼定?たまが親鳥らしい。あれが親鳥だとすれば、とんでもなく邪悪で姑息きわまりない鳥だ」
「ちょっ・・・・・・」
「しかし、そうかもしれぬな」
かれは、ぽつりとつけたす。
「え?なにがそうかもしれないんですか?」
「わたしがかわいらしい雛鳥で、たまがとんでもなく不吉で気味の悪い親鳥というところだ」
ちょっ・・・・・・。
俊春、悪口に関するボキャブラリーが豊富なことは認めよう。しかし、頼むからやめてくれ。後日、いまこのときのやりとりを、さもおれがいったかのように捏造されかねない。
そうなったら、おれは俊冬にいびられいじられいじめられまくった上に、血祭りにあげられる。
ぜったいに、である。
「比喩表現ですよ。わかりますか?ひ・ゆ・表現。あくまでもたとえ話です。それに、雛鳥をひきつれる親鳥だって結構かわいいですよ。あいにく、烏って雛鳥をひきつれないんじゃないかと思いますが」
カルガモやアヒルの親子が、脳内をテケテケ横切ってゆく。
「あっ、そうだ。おなじようなことを、たまに話をしたことがあるんです。そのときには、あなたは仔犬みたいにかわいくって、たまのうしろを尻尾振り振りついてまわっている、みたいなことをいったんですけど」
俊春は、視線を相棒の視線と合わせたまま沈黙している。指が五本ある右の掌は、ずっと相棒の頭や背をなでつづけている。
「その点だけはぶれることはなく、不動なのだな?」
「はい?」
なんのことを問われているのか、まったくわからない。
「かわいい、というところだ」
「はい?」
「雛鳥であろうと仔犬であろうと、かわいいのであろう?」
「えっ・・・・・・?」
「おっと、おわったようだ」
俊春は、『???』となっているおれを嘲笑うかのように身軽に脚を伸ばし、両腕を空に伸ばしてのびをしている。
「それで、たまはなんと申した?」
「え、あ、ああ。たまは、とくになにも。ですが、すごく感慨深げでした」
「そうか・・・・・・」
デジャブーである。いや。実際、いまの俊春の言葉と表情は、その話をしたときの俊冬のそれとまったくおなじである。
「さぁっ、ゆくぞ」
俊春はおれに背をむけ、相棒をひきつれて路地からでていってしまった。
その背をみながら、またしても核心をはぐらかされたと悟った。
厳密には、俊春はおれが問いたいことやいいたいことをよみ、不毛な会話をかわすことで、そうさせてくれなかったのである。
かれは、おれとのマジな会話を意識的に回避したのだ。
心のなかでため息をつき、かれと相棒を追いかけた。




