元御陵衛士との邂逅
「ほんなこつむしゃんよか犬やなあ。ほれぼれする。ちゅうことは、西郷しゃんの犬と?」
清原は相棒のまえで両膝を折り、頭やら顎の下を一心不乱になでまくっている。
「んーにゃ。江戸ん商人のうり物じゃ。西郷どんが購入すっつもりやったが、さきに買い手がきまったようじゃ。本日一日借っちょって、商人に返さんななりもはん。おいどんたちは、西郷さぁが軍議ん間に、散歩をおおせつかっちょっちゅうわけじゃ」
俊春は、ヘーキで嘘八百をつらつらと並べ立てている。
って思った瞬間、かれにじろりとにらまれてしまった。
「そうと。そら、西郷しゃんも残念やろうね」
清原は、マジで大の犬好きなんだ。すっげー幸せそうな笑顔で、相棒をなでつづけている。
「熊本んしじゃしか?」
俊春はおれをよみつつ、おれの代弁をしてくれる。
「いろいろあって、いまは薩摩軍に身ばよせとる。ばってん、なかなかなじめまっせん。もう一人、薩摩人でなか仲間がおるばってん、前線にでていて会えんのや」
かれは、相棒をなでながらぽつりともらした。
「もうすぐ、北方面に出陣ばい。こぎゃんむしゃんよか犬に会えたんな、縁起がよか」
だまっていると、かれは独り言のようにつぶやきつづける。
「そうと。白河口にいっようなこっがあったや、くれぐれも気をつけたもんせ。心から武運をお祈りすっ」
俊春は、おれの代弁をつづけてくれる。最後の一言は、かれ自身の想いもこもっているにちがいない。
おれたちは、かれのまえから去った。
清原は、ずっとおれたちの背をみているようだった。
「そうか・・・・・・。かれも死ぬのか」
清原の気配が完全になくなったころ、相棒をはさんだ向こう側で、俊春がつぶやいた。
「ええ、残念でなりません。ぽち、ありがとうございます。ちゃんと、かれに告げてくれて感謝します」
「主計、おぬしはやさしいな」
かれは、つと脚をとめた。もちろん、相棒も立ち止まる。で、ついでにおれもである。
「あなたには負けますよ、ぽち。おれはただ、自分がしっているだけに、しらないふりができなかっただけです」
「とはいえ、かれが局長の正体をバラしたのであろう?」
俊春は、またあゆみはじめる。もちろん、おれたちもそれにならう。
清原清は、元新撰組隊士である。砲術指南役をやっていた。熊本藩出身で、江戸での徴募を機に新撰組に加入した。
そして、かれはおねぇ派である。御陵衛士として、新撰組を去った。
「油小路」事件では、かれは京にいなかった。たしか、伊勢あたりに出張していて難を逃れたはずだと記憶している。そのあと、二条城から伏見奉行所へ向かっている局長を襲撃したメンバーにくわわっていたとしても、おれは気がつかなかった。
かれはその後、おねぇにとっては剣術の弟子にあたるといっていい加納鷲雄とともに薩摩軍に入り、現在にいたる。
さきほど、かれが仲間といっていたのは、加納のことにちがいない。
そして、かれと加納は、流山で東山道総督府斥候である有馬のもとに出頭した大久保大和を、新撰組局長とみやぶり、チクったのである。
すくなくとも、現代ではそう伝えられている。
もっとも、かれらがチクろうが訴えようが、大久保大和の正体がバレずにすんだとはかんがえようもないのだが。
兎に角この後、かれは白河口の戦いにおいて戦死する。
さきほどの俊春の遠まわしのアテンションを思いだし、うまくたちまわってくれればいいのだが。
そう願わずにはいられない。
「史実では、そうなっています。ですが、局長のことを誠にバラしたのかどうかはわかりません。っていうよりかは、かれらがバラすまでもなく、勝先生が幕府側の立場を有利にもってゆくように敵に耳打ちしていたかも、です。清原さんや加納さんがバラしたというよりかは、敵は、かれらを通じてその裏をとったのかもしれません。だって、斥候としてやってきた有馬さんは、すぐにみやぶりました。有馬さんは、局長とは面識がないはずなのにです。かりに有馬さんが、あなたとたまが新撰組に肩入れしていることをしっていたとしても、その情報はおなじ藩の半次郎ちゃんや篠原さんから得たというよりかは、勝先生のつぶやきから得た可能性が高いと思います」
双子は薩摩に貸しがある。いや、薩摩にというよりかは西郷にたいしてである。京で半次郎ちゃんと遣り合い、大坂ではおなじく半次郎ちゃんや篠原、「幕末のプレ〇リー」こと村田と遣り合っている。西郷派であるかれらは、双子が新撰組に肩入れし、行動をともにしていることをしっている。後日、なにかのときに有馬に話しただろうか?いいや。その可能性は低いだろう。かれらが目指すものは、新撰組を潰すことではない。幕府を潰すことである。それでなくとも会ってゆっくり話をする暇もないかれらが、ひさしぶりに会って局長や双子の話題で盛り上がるなんてことは、まずないだろう。
そうなると、局長の正体をばらす、いや、ばらしたい人物が、故意に告げた可能性が高くなる。
勝を悪者にするつもりはないが、かれのこれまでの新撰組にたいする仕打ちを鑑みるに、ついつい悪いほうに推測してしまう。
「まぁ兎に角、さきほどの様子だと、清原さんはよそ者ってことで、ずいぶんとつらい思いをされているのかもしれません。かれとは京で会ったことがありませんでしたが、相棒のことをあんなに愛おしそうになでているのをみると、悪い人ではなさそうです。たまたま敵対していて、今日ここで偶然出会っただけです。それを、史実どおり「死んだらいい」なんて、思えるわけがありません」
本心である。かれにしろ加納にしろ、おねぇが死んだと信じきっている。新撰組は、その敵である。仇を討ちたいと願うのは、漢として当然のことであろう。
おねぇは生きている。本来なら、おれたちは恨まれるべきではない。
それが、ただただ残念でならない。
俊春は、おれのいったことにたいしてなにもいわなかった。そのかわり、左拳を突きだしてきたので、右拳を突きだしフィスト・バンプする。
言葉などいらない。
そのリアクションだけで、俊春がおれのかんがえに同調してくれているのがわかったから。




