『むしゃんよか犬』
「晋介どん、おべちょくとよか。いまのが逆ギレっていうんじゃ」
「利三郎どん、勉強になっ。こいで、おいどんな半次郎ちゃんよりえろうなるっかもしれもはん」
野村……?
めっちゃ薩摩弁がうまくないか?それに、別府よ。ツッコミどころが満載すぎるが、とりあえずは新撰組に染まりすぎてやしないか?
「副長。では、いってまいります。ゆくぞ、兼定、主計」
「おうっ!いってこい」
そして、いままでのコントがすべて夢のなかのできごとのように、俊春はしれっと家の外へとでていってしまった。そして、それをドヤ顔で見送る副長たち。
しかも「兼定、主計」って、おれのほうが相棒より格下ってこと?
「ちょっ、ちょっとまってくださいよ、ぽち」
副長たちに一礼し、あわてて追いかけた。もちろん、ぽちと相棒を、である。
相棒は、ぽちの左脚うしろにくっついている。
「晋介どん、ずんばい勉強しもんそ。レッツ・スタディ・ア・ロット!」
「オッケー、利三郎どん」
家を飛びだした瞬間、現代っ子バイリンガルの野村と別府のはしゃぎ声が、背中にあたった。
神よ。どうか別府を悪魔から救ってください。
仏よ。どうか別府からマーラの誘惑を退けてください。
心底祈らずにはいられない。
「ぽち」
きた道をひきかえしながら、かれに呼びかけた。
相棒はあいかわらずおれたちの間で闊歩していて、おれが俊春におイタをせぬよう、瞳を光らせている。しかも、おれが「ぽち」と呼びかけただけで、『うちの子になんや用か?』ってな勢いで、にらみあげてくる。
ううっ……。
おれはいったい、相棒にどんだけひどい虐待のかぎりをつくしたというのか?ネグレストしてしまったのか?
気を取り直し、かれに手話の要領で掌をつかい、再度呼びかけた。すると、俊春はこちらを向いた。かっこかわいい相貌に、キラキラとした笑みが浮かんでいる。
二卵性双生児とはいえ、その相貌は俊冬とはまったくちがう。たしかに、まとう雰囲気は似ている。が、俊冬のほうが大人でしっかりしているように感じられる。
もっともそれは、あくまでも俊冬と俊春を比較すればの話である。俊春も、野村やおれと比較すれば、はるかに大人でしっかりしているのはいうまでもない。
っていうようなことをかんがえていると、俊春がおれをじっとみつめていることに気がついた。
眉間に、かすかに皺がよっている。やはり、副長には似ていない。
俊冬は副長にクリソツだが、かれはまったく似ていない。相棒とのほうがよほどそっくりなことに、あらためて驚いてしまった。
「ぽち、またおれをよみましたね?おれを、そんなにみつめないでください。照れくさいですから」
おれがかれに声をかけておきながら、そんなことをいってしまった。よまれていることにたいするうしろめたさがあるからだ。
「申し訳ないが、おぬしをみているのではない。意識しすぎではないのか?わたしがみているのはおぬしではなく、おぬしをとおりこした向こう側だ。薩摩兵がいるのだ」
「え?」
かれは、笑顔のまま顎をしゃくった。いわれるまま左横へと視線を向けると、建ちならぶ商家の一軒で、薩摩兵たちが思い思いの姿勢で休息しているのがみえる。
引き戸を開けたまま、土間で何名か談笑している。
一人、入り口の外でたたずんでいる。ほかの兵卒同様、左腕に黒色の腕章をつけている。かれは、なにをするでもなく通りをボーっと眺めているようだ。すると、その視線が相棒にとまり、それからおれたちへはしった。
「むしゃんよか犬やなあ」
かれと視線があうと、笑顔になってこちらにちかづいてきた。
アラフォーといったところであろうか。相貌はよく陽にやけていて、超絶健康そうである。
「あたたちは、どこん隊と?みかけん相貌やなあ」
やたらめったらでかい声である。しかも、ビミョーに薩摩言葉とはちがう気がする。
『むしゃんよか』
そうだ。たしか、かっこいいという意味の熊本弁だ。
おれは大好きであるが、相棒にとっては天敵である熊本県のゆるキャラ『くま〇ン』が、Twitterで『むしゃんよか○○〇』ってつぶやいているのを、みたことがある。
昔、一仕事のあとに『くま〇ン』に会ったことがある。おれは大好きだからめっちゃうれしかったが、相棒はリードが伸びきるまで尻尾を巻いて逃げまくっていた。
相棒も本物の熊ならカッコよく対峙しただろう。が、あのゆるい物体には、どこか異様なものが感じられるのかもしれない。
その後、Twitterかインスタで、『くま〇ン』が柴犬を散歩させる動画をみた。
柴犬がめっちゃ『くま〇ン』のお腹に噛みつき、頭を激しくふりふりしていた。
思わず、相棒にその動画をみせてしまった。
当然、「ふんっ!」ってツンツンな反応であったが。
それは兎も角、こっちにやってくる男は、熊本人の可能性が高い。
「小隊には属しちょらん。西郷さぁん護衛をしちょっ」
俊春が友好的な笑みとともに応じると、熊本人らしいその兵卒は、ますます相好を崩した。
「清原清ばい。よろしゅう。犬がたいぎゃ好きったい。さわったっちゃよかか?」
清原清っ!思わず、叫びそうになった。漢字で記せば回文になるこの名を、よくしっているからである。
「ぽち」
相棒をはさんで向こう側にいる俊春に、指で合図を送った。よんでくれ、という合図である。
ゆえに、俊春はすぐによんでくれた。それから、すでにおれたちの懐を脅かしつつあるかれに、笑顔で応じる。
「どうぞ、清原どん。従順でおとなしか犬じゃ」
その俊春の神対応は、どこからどうきいても完璧な薩摩弁である。
一方、おれは相棒に、お座りするよう指で合図を送った。
清原清が、相棒をさわれるようにするためであることはいうまでもない。




