兼定とぽちについてゆきたい
というわけで、おれたちはその家にあがりこんだ。
時代劇によくでてくる、典型的な長屋の家である。奥に六畳くらいの寝室があり、玄関扉を開けたらすぐに土間があって竈があり、四畳くらいの部屋になっているってやつである。
どうやら、元の持ち主はこの家をきれいにつかっていたらしい。ここから立ち退く際にすべてをひきはらってしまったようで、屋内になにも残っていない。みまわすと畳や柱や壁、扉関係、ほとんど傷や痛みがなく、きれいな状態を保っている。
お言葉に甘え、上がって休憩させてもらうことにする。
「ぽち、どこへゆく?」
「軍議をおこなっている商家へもどります。置いてきた駕籠も気になりますゆえ。おわりしだい呼びにまいりますゆえ、副長はしばしお休みください」
「おいおい、まさかいろいろ探ろうってんじゃないだろうな?」
副長の問いに、俊春は視線を玄関先へとむける。
野村と別府が、玄関先でなにが面白いのか馬鹿笑いをしている。
「副長。いまさら、でございます」
「いまさら?ぽち、どういう意味なんです?」
「主計、簡単なことだ。たまもわたしも、総督府のことはすでにしりつくしている。ゆえに、いまさら探ったところでまあたらしいことはなにもない。かえって薩摩の好意を踏みにじることになるであろう」
「ははっ!さすがだな、ぽち」
永倉が苦笑する。
双子は、局長の斬首がおこなわれるまえに探りを入れていたのだ。
「おまえも、すこしは体躯を休めちゃどうだ?と申してもきかぬか」
「申し訳ございません。では、これにて。おっと兼定、おまえも・・・・・・」
俊春は、副長のすすめを謝罪とともにやんわり拒否し、一礼してから去ろうとした。
その俊春に、当然のごとく相棒がついてゆこうとする。
なんだか、おれが相棒と呼ぶのもおこがましくなってきてやしないか?
「あの、ぽち。おれもいっしょにいっていいですか?」
べつに、相棒をとられたからじゃない。神に誓って、二人の邪魔をしようというわけではない。
これではまるで、お笑いコンビみたいである。いままでいっしょにやってきた相方が、とつじょほかの芸人に鞍替えしてしまったって感じである。
残されたボケ役は、ってか、おれはツッコミ役だと思っていたが、それも最近では自信がなくなってしまっている。兎に角、一人取り残されたおれは、ただ呆然と相方の背を見送るしかないのである。
「主計、お主もつかれておろう。軍議がおわるのをまつのは、わたし一人で充分だ。ゆっくり休んでいればいい」
「いいんですよっ!いっしょにいかせてください」
思わず、口調がきつくなってしまった。俊春は声こそきくことはできないが、おれの表情や心をよんだりして、いまの剣幕に気がついたにきまっている。
その証拠に、かれの表情が悲し気にゆがんだ。いまにも泣きだしそうである。ガチに、「世界名〇劇場」の主役を演じている。もちろん、おれが主役をいじめる、あるいはこきつかう超絶憎ったらしい悪役である。
惜しむらくは、この場にいる全員がイヤなやつに同調して主人公をいじめる側ではなく、主人公の味方であるってことであろう。
「おいおいおい、主計。いまのはいただけぬな。これは、たまや左之がいたら、マジで殺られる事案だぞ」
なにげに現代っ子の永倉が、まず攻撃してきた。
「ああ。たしかにな。なにゆえ、ぽちに当たり散らす?ははん、兼定を寝取られた腹いせってやつだな」
「寝取られていませんっ!」
「寝取っておりませぬっ!」
副長の比喩表現に、俊春とかぶってしまった。
副長・・・・・・。あなたといっしょにしないでいただきたい。
相棒は、女性でないばかりか雌でもないのです。
「ステューピッドな上にユー・サックだな、主計」
「半次郎ちゃんよりやっせんぼじゃ」
あー、最悪だ。
現代っ子バイリンガルの野村にディスられるのはいつものことだが、「薩摩の野村」、もしくは「野村第二号」こと別府にまで、ダメだしされてしまった。
ってか、別府よ。なにゆえ、半次郎ちゃんをひきあいにだす?半次郎ちゃんは、やっせんぼじゃないではないか。
「すまぬ、主計。おまえのおこないは、もはや救いようがない」
おつぎは島田と視線があった。なんと、神のごとき寛大なかれにまでみはなされてしまったではないか。
「すみません」
「あああ?きこえぬぞ。それに、かようにぶっきらぼうに申しても、謝罪にはならぬ」
副長が掌を耳にあて、嫌味マックスにいってきた。
「すみませんっ!すみませんっ!すみませんっ!これでいいでしょう?だいいち、いっしょにいかせてくれって頼んだだけではないですか。それのどこが、ぽちに当たり散らすことになるんです?教えてください」
VIPの謝罪会見みたいに、ぺこぺこ頭をさげながら『すみません』を連呼したあと、穏やかに、自分では穏やかなつもりで尋ねてみた。
「わお!逆ギレだ。おっかねぇ」
なにげに現代っ子な永倉のさらなる非難が、おれを叩きのめす。




