河豚と豆腐……
そういえば将軍警固の際、双子が河豚をてっさや握りにしていたっけ。あのときは、ぶっちゃけ河豚の禁止令のことなどすっかり忘れていた。
現代でしょっちゅう喰っていたわけではないので、興奮していたのである。つまり、人生で数回しかない。ゆえに、一度にてっさや握りっていう破格の河豚食に、禁止令どころか我を忘れてしまったわけである。
河豚を喰わなかったのは、現代で河豚食禁止令がでているわけではない。ただ単純に、金がなかったからである。
あのとき、それに気がついて、「河豚は食してはいかぬ」とか「河豚をだすなどとは無礼であろう」とか、だれも糾弾しなかった。それどころか、ほかの魚同様めっちゃ喰っていた。
もっとも、双子はこれが河豚料理であるとおしながきを配布したわけではない。ましてや、高級料理店みたいに仲居さんや料理人のごとく、隣について解説したわけでもない。
おそらくであるが、あれが河豚だとだれも気がつかなかったのであろう。
おれも現代でしっていたからこそ、あれが河豚だと気がついただけである。
ということは、双子はだれも気がつかないことを想定し、禁忌の食材をしれっと料理をしたにちがいない。
しかもあの日、将軍に会いに幕閣の小栗忠順と永井尚志が訪れ、将軍とともに食したのである。
将軍とその側近ともいうべき人たちにしれっとだすなんて、さすがは双子である。
たぶん、将軍たちも気がつかなかったにちがいない。
これは余談ではあるが、長州、つまり山口県では河豚のことを『ふぐ』と呼ばずに『ふく』と呼んでいるらしい。
『ふぐ』は、不遇につながる。というわけで、『ふく』を『福』にかけているわけである。
これもどうでもいいことであるが、おなじ『ふく』のつく『ふくろう』は、『福が来る』ということで、開運や幸せの象徴であったり、『苦労しらず』という意味もあったりする。
兎にも角にも、大村のつぶやきは、いったいなんだろう。
もしかして、かれは隠れ河豚&豆腐イーターなのであろうか。それとも、大好物の豆腐とは別に、河豚フェチか河豚オタクなのであろうか。
「ふく? 河豚と豆腐? 河豚と豆腐が、どげんしたちゅうとじゃ?」
かれのつぶやきをきけば、だれでも不可思議に思うのは当然である。
海江田などは、甲高い声で問い詰めている。
大村は相棒をみつめたまま、さらにつぶやいている。特徴的すぎるそのでこの下には、狂気めいた笑みが浮かんでおり、双眸はさらなる狂気の光が宿っている・・・・・・。ようにみえなくもない。
なにこれ?もしかして、大村はヤバイ系なのか?
『河豚がくる。河豚がおどっておる。河豚が教えてくれる。豆腐が河豚をみて笑っておる。豆腐は、河豚とはおどりたくないと申しておる』
呪文なのか?それとも、おれたちにはみえない河豚や豆腐がみえていて、おどっているんだろうか。なにかを教えてくれるんだろうか。豆腐と河豚は、仲が悪いのか?豆腐は河豚が嫌いなのか?
おれたちが唖然と見守るなか、かれはいくども『河豚がくる。河豚がおどっておる。河豚が教えてくれる。豆腐が河豚をみて笑っておる。豆腐は、河豚とはおどりたくないと申しておる』とつぶやきながら、回れ右してふらふらとあるきはじめた。
ちょっ・・・・・・。
河豚と豆腐がなんだっていうんだ?おしえてくれ、大村っ!
おれの心の叫びは、かれの背にあたってむなしく砕け散った。
「幕府軍は、アレにしてやられていて、これからもしてやられるわけだな?」
永倉が、だれにともなくつぶやく。
「薩摩たちは、アレんよけねりになっちょっわけじゃなあ」
つづいてのつぶやきは、半次郎ちゃんである。
副長も西郷も、かれらのつぶやきには答えられないようだ。
「くそっ!あん助兵衛んやっせんぼめがっ」
そして、海江田はいまだにプリプリ怒っている。
「あははははっ!名付けて、「クレイジー河豚アンド豆腐マン」だっ」
そして、現代っ子バイリンガル野村の高笑い。しかも、あだ名がまた増えた。
「ちがうっ!「でこぴん野郎」は「でこぴん野郎」だ。けっして「クレイジー河豚アンド豆腐マン」ではない。さあっみなみな様方っ!「でこぴん野郎」と「でこちんの助」、いかに?これで、公平に選択できましょう?」
そして、俊春の熱き反論と、さらなる熱き問い。さっきのフリーズ状態はなんだったのであろうって思ってしまう。
「「クレイジー河豚アンド豆腐マン」とは、いったいどういう意味であろう?」
そして、好奇心旺盛な永遠の少年島田の無邪気な問い。
かさねて申し上げるが、おれたちは「最重要悪人」に値する「新撰組」で、ここは敵の本営である。
「あっ「クレイジー河豚アンド豆腐マン」って、「ちょっと残念な河豚と豆腐野郎」って意味でしょうか」
念のため、島田にやわらかーくその意味を告げておく。
「あー、そうだな・・・・・・。おい、新八。こういうことは、いつも死番を好んではってた「がむしん」からじゃないのか?」
「あああ?死番を好んでたってのは、「魁先生」だ。それに、いまのぽちの問いに、死番は関係なかろう?そうだ。こういうことは、年齢の順ってことで。魁っ、どうぞおさきに」
永倉は、副長がふってきたのをさらに島田にふる。
「魁先生」とは、新撰組八番組組長を務めていた藤堂平助の二つ名である。
おねぇについて御陵衛士になって離党したかれは、本来なら「油小路事件」で死ぬところであった。しかし、かれは生きている。沖田や山崎たちといっしょに丹波ですごしている。
「ならば年少からでしょうが、組長」
そして、島田もまたふるわけで・・・・・・。
かれが副長と永倉とともに、こちらを向く。
「え?だったら、利三郎・・・・・・。って、なにやってんだ?」
なんと、利三郎と別府は、「クレイジーふぐアンド豆腐マン」を連呼しつつ、謎の踊りをはじめている。
ゲラゲラ笑いがとまらないらしい。笑いながら踊りまくっている。
その即興の踊りを、道ゆく将兵たちが脚をとめて見物している。
そのなかには、長州藩をあらわす白色の腕章をつけている者もいる。ってか、ほとんどが白色の腕章をつけているじゃないか。




