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逆手にとられる

 してやられた・・・。


 坂井は、利用されているふりをし、逆におれたちを利用しているのである。


 こいつは、間者である。しかも、相当な剣の遣い手でもある。


 挙措から、まったく悟らせなかった。掌一つ、とってもそうである。掌の甲は、じつにきれいなもの。 うまくだましてくれた。


 やきがまわったものだ、とつくづく思いしらされる。


 ていうか、この状況で、いまさら反省したところではじまらない。


 頸を締めあげられながら、その腕も筋肉質であることがわかる。


 拳をつくると、がらあきになった坂井の鳩尾にそれを力いっぱい叩き込む。しかも、二発。


 坂井の口から、息がもれる。わずかに、腕と掌の力がゆるむ。間髪入れず、脚を上げると、力いっぱい坂井の脚の甲を狙い、踏みおろす。


 いつもなら、股間を蹴り上げる方がはるかに有効だろう。が、ズボンなら有効なそれも、着流しの坂井には、たいしてきかぬはず。着物が、邪魔をするからである。だから、脚の甲を狙った。こちらは、靴ではなく、素足に草履をひっかけただけである。相当、きついはず。


 悲鳴を上げさせるまでではなかったが、うれしくもない抱擁から開放される。


 坂井は、うしろへよろめく。そこに、まわし蹴りを放つ。


 跳躍からのまわし蹴りは、自分でも驚くほどきれいにきまった。

 右の足先が、坂井の顎にもろに入った。「がっ!」と鈍い音がし、坂井は4、5メートルはなれた橡の木まで吹っ飛ぶ。


 顎の骨にひびが入ったか?もしかしたら、折れたであろうか?


 休んでいる暇はない。背後を振り返る。


 迫りくる気に、相対せねばならぬ。


 複数の気は、新撰組の隊士たちのものである。言葉を交わしたことはないが、みしった者たちばかりである。そして、それらはみな、伊東に傾倒しているときかされている。

 

 全員が、着流しで、抜き身を握って駆けてくる。

 合計で六名。まだこれだけの人数が残っていて、チャンスをうかがっていたということに、驚きを禁じえない。


 逡巡する。


 さきほどつかった護身術、それから、体術は、不意打ちには有効である。だが、抜き身を握った複数人を相手にするには、おれの技量では正直無理がある。


 そのとき、うしろからおれを呼ぶ声がきこえたような気がした。同時に、なにかが急速に駆けてくる音も。


 その土を蹴るかろやかな音。それは、おれにとって耳に馴染んだものである。


 安堵する。


 地面に転がった坂井は、顎をおさえながらうんうん唸っている。


「こっちだ、相棒っ!」


「之定」を鞘から解放しつつ、わざと大声で呼ぶ。


 迫りくる六名の脚が、ぴたりと止まる。


 屯所の方角から、幾つもの灯火がちかづいてくる。


「相棒っ、まわりこめホールド・ゼム!」


 一番に駆けつけた相棒が、指示で茂みに飛び込む。そして、六名が気がつくまえに、向こう側、つまり、六名をはさみこむよう茂みから飛びだす。


威嚇しろトリテン・ゼム!」


 ジャンプ一番、茂みから飛びだし、そのまま着地する。


 驚いてふりむく、六名。


 相棒は、低い姿勢からかれらを睨みあげ、唸り声を発する。


「主計、主計っ!」


 そして、ようやく人間ひともやってきた。

 井上率いる六番組。そして、そのうしろには野村と子どもらが。



「兼定が、おれの布団をめちゃくちゃにしたんだ」


 一網打尽。


 屯所にひきあげていると、市村が訴える。


 相棒は、いわゆる動物のカンというやつで、おれの窮地を感じとった。

 すぐさま市村ら子どもたちの部屋に飛びこみ、しらせてくれたのだ。


 すぐには起きてくれなかったのであろう。子どもは、寝つきがいい。相棒も途方にくれたに違いない。


 それを想像すると、おかしくなる。実際、にやにや笑ってしまう。


「ちっともおかしくないよ、主計さん。寒いのに、風邪をひいてしまう」


 そういえば、子どもらは寝間着姿である。そのまま駆けつけてくれたのである。そして、野村も。


「あぁごめんよ、鉄。弁償するよ。今宵は、おれと一緒に寝よう」


 思わず、提案する。

 マジでうれしかったから。


「やめておけ、主計」


 それをきいていた井上が、苦笑まじりで忠告してくれた。


「子どもらはみな、寝相が悪い。とくに市村などは、布団がめちゃくちゃであろうが関係あるものか。そこから飛びだし、廊下まで転がりでておるのだから。ゆえに、気にする必要はない」


 井上は、暴露すると大笑する。


 月明かりの下、井上の顔に刻まれたちいさな皺が、柔和に歪んでいるのがみえる。


 その夜、市村は相棒に抱きついて眠った。


 相棒は、子どもらの部屋で眠ることを、特別に許可されたのである。



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