BL系なの?
「こんしたちは、おいどんが雇うた護衛じゃ。薩摩兵児じゃらせん」
「そうと。どうりで訛りがなかて思うた」
海江田はわずかに姿勢を正すと、45度に腰をきっちり曲げてお辞儀をした。
「海江田信義じゃ。よろしゅうお見知りきたもんせ」
海江田はお辞儀から姿勢を戻すと、最敬礼して名のる。
さきほどの半次郎ちゃんや別府にたいする傲慢な態度や、やわらかな表情から一変し、じつに堂々と礼をとっている。
「土方です」
副長をはじめ、おれたちも礼を返しつつ順番に名のってゆく。
しかも本名を、である。
が、海江田はまったく気がついていない。まぁ、まさか新撰組の幹部が西郷の護衛をしているなどと、「お釈迦様でも気がつくまい」である。
もっとも、土方も永倉も島田も野村も相馬も、とくにかわった姓ではない。
はやい話が、気がつけというほうがムリであろう。
「君はむぜね。名は、なんちゅうと?」
副長をはじめ、おれたちにはさして関心を、それどころかまったく興味のなさそうな雰囲気だった海江田が、まだ名のっていない俊春に数歩ちかづき、やさしげな笑みを浮かべつつ尋ねた。
むぜ?どういう意味だっけ?
「海江田さぁ、あいは西郷さぁんお気に入りじゃ。手をだしやんな」
心のなかで頸を傾げた瞬間、半次郎ちゃんが一喝した。
「海江田さん。西郷さんの護衛ゆえ士官服を着させていますが、こいつは、小者です。おれたちは、ぽちと呼んでいます」
ほぼ同時に、副長が海江田と俊春の間にさりげなくわりこんだ。
むぜね・・・・・・。
そうだ。たしか、かわいいじゃなかったか?
わお・・・・・・。BL、もとい、衆道チックってこと?
ということは、半次郎ちゃんと副長は、それに気がついて俊春をかばったんだ。
ってか、いまの半次郎ちゃんのアテンションだと、海江田もそういう気があるというわけで・・・・・・。
「そんたすみもはん。なっほど。たしかに、西郷さぁが好きそうな顔立ちじゃなあ」
海江田は、副長の眉間の皺とするどい眼光にそこはかとなく怯んでいる。それでも、よほど気になるのか、副長ごしに俊春をみようとしている。
なんと、俊春の顔立ちは、西郷の好みなんだ。
俊春は、将軍にも好まれていた。おねぇもそうである。まぁ、おねぇは兎も角、将軍やら薩摩の要人やらが好む顔立ちってことは、気品のある容姿ってわけなんだ。
そういわれてみれば、かっこかわいいっていうだけでなく、どことなく上流階級の優雅な雰囲気もあるように思えてくる。
「武次どん、あいに手をだしてはいけもはんじゃ。わかっちょっね?」
西郷も半次郎ちゃんにあわせ、アテンションする。たぶん、あわせているんだろう。
「わっかておっど、西郷さぁ。そろそろきもんそ。軍議におっれてしまう」
西郷にアテンションされれば、海江田もひくしかない。両肩をすくめてから、踵をかえしてさっそうとあるきはじめた。
が、振り返る瞬間、俊春に色目をつかったのを見逃さなかった。
おれたちも、あるきはじめた。
「武次どん、一つきこごたっこっがあっんじゃ。相馬君。武次どんに、あんこっをきいてみてもれもはんか?」
西郷は駕籠の小窓から相貌をのぞかせ、海江田の上背のある背に投げかけた。
なんのことか、すぐに思いいたった。
西郷さんのご指名である。これはもう、意にそわねばならない。
「海江田先生。先生のご意見をおうかがいしたく」
神妙にきりだした。
海江田のあゆみがとまった。それから、こちらへ体ごと振り向く。
それにあわせ、おれたちもあゆみをとめる。
往来に人は絶えない。ふだんの交通量がどれくらいかはわからないが、老若男女、みな、足早にとおりすぎてゆく。
さきほどから気になっているのが、通行人の瞳である。どの瞳も、こちらをチラ見する。その確率は、99.9%である。すさまじい確率である。が、そのどれもが、おれたちを好奇の瞳でみているわけではなさそうだ。敵意とまではいかなくても、好意的なものは感じられない。あからさまな警戒と軽蔑である。
それから、人々は足早に去ってゆく。
かかわりあいたくない。いらぬトラブルは避けたい。
だれでもそうかんがえるのは、当然のことである。
占領軍は、こういう畏怖と憎しみの瞳にさらされ、すごさねばならぬのだということを、ひしひしと感じる。
それらは、占領軍にとってストレスになるのであろうか。負担になるのであろうか。あるいは、まったく気にならぬのであろうか。割りきれるのであろうか。
「「でこぴん野郎」と「でこちんの助」では、どちらがふさわしいとお思いでしょうか?」
そんなことをかんがえつつ、海江田に尋ねてみた。
いまや江戸は、敵に占領されている敵地といっていい。そこで、その憎むべき敵の一人に向かって呑気に尋ねているのだ。
大村にふさわしい愛称が、「デコピン野郎」と「でこちんの助」では、どちらがふさわしいか?
そんなくだらないことを、である。




