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この人もイメージがちがう・・・・・・

西郷せごさぁ、期待しちょっじゃ」


 海江田は長身というほどではないが、この時代の男性の平均の身長よりかはずっと高い。175cmはこえているだろう。胸をはり、えっへんって感じで、おれたちをみまわした。


「護衛は、桐野と別府だけなんか?」


 かれはみしった相貌かおが半次郎ちゃんと別府だけなのに、いまやっと気がついたらしい。しかも、めっちゃ呼び捨てにしている。

 

 海江田は、半次郎ちゃんよりかは五歳以上年長だったはず。別府にいたっては、ひとまわり以上はなれているだろう。

 まぁ年功序列、体育会系の世界では、呼び捨てでもおかしくないか。


「充分ど、海江田さぁ」


 半次郎ちゃんが、一言返す。


青二才こにせが。くせらし、ゆとじゃらせん」


 海江田は、吐き捨てるようにいう。


 なんてことを……。


 おとなしそうな相貌かおをして、なんてきついんだ。

 いまのはたぶん、『青二才め。生意気いうな』っていうような意味だったはず。


「まあよか。しっかり西郷せごさぁを護っど」


 ソプラノボイスで告げてから、海江田はフフフと笑う。


 なんか、かれもイメージがちがう。


 西郷は、かれにおれたちのことを話すのだろうか。それをきいた海江田のリアクションが気になる。


「武次どん。護衛は、二人だけじゃなか」


 西郷がそうきりだした。ちょっぴりドキドキする。


「こけおっすべてん士官が、護衛をしてくれちょるんじゃ」


 海江田の双眸が細められた。一人一人、穴があくほどみつめてゆく。そして、その視線が最後に向いたのは・・・・・・。


西郷せごさぁ。またしてん犬を、ちゅうかこんた狼じゃしか?こんた、かっこよか狼じゃなあ。狼を護衛にしたげるなんて、さすがは西郷せごさぁじゃ」


 ソプラノボイスが、耳に痛い。

 海江田は相棒をみおろし、掌をうちつつおおよろこびしている。


 俊春とおれの間でお座りしている相棒は、かれをみあげてにんまりと愛想笑いをした。狼疑惑も、いまはいい意味での疑惑である。相棒も、かっこいいといわれてうれしいらしい。


 ってか、これだけ人間ひとがいるのに、なにゆえ相棒にだけ反応するんだ、海江田?

 ってか、薩摩には個性的な男がおおすぎるじゃないか。

 

 ここはあえて、『薩摩も』ではなく、『薩摩は』と表現しておく。


「武次どん、兼定は狼じゃらせん。犬じゃ。そいに、兼定はおいどんの犬じゃらせん」


 西郷は、苦笑とともに訂正する。


 みんなをみまわすと、副長も永倉も島田も苦笑しているし、野村と別府はものすごい笑顔になっている。俊春はしずかに見守っているし、半次郎ちゃんも『なんだかなー、この先輩は』って感が半端ない表情かおである。


「「兼定」?刀ん?桐野とおなじ?ふんっ!「兼定」など、おいどんの「長船長守おさふねながもり」にくらぶれば、どうちゅうこっはあいもはん」


 かれは、鼻を鳴らしつつそう吐き捨てた。


 ってか、海江田って、めっちゃライバル意識が強くないか?


 それは兎も角、じつはこの海江田は、生麦事件で瀕死のイギリス人チャールス・リチャードソンにとどめを刺したといわれている。

 その刀が、「長船長守」らしい。


 生麦事件とは、藩主の座を退いたものの、薩摩藩の最高権力者ともいえる島津久光しまづひさみつが江戸へ公武合体を説きにいったそのかえり、神奈川宿にほどちかい生麦というところで起こった大事件である。

 その大名行列に、チャールス・リチャードソンら四名のイギリス人がいきあった。かれらは、薩摩藩士たちに下馬して脇によけろといわれても、そうしなかった。それに、薩摩藩士たちがぶちギレ、殺傷してしまったのである。

 当時、大名行列のまえでは乗馬はできず、下馬して脇へよけなければならなかったのである。


 この事件がきっかけで、薩英戦争へと発展してゆく。


 それは兎も角、海江田はその事件で遣われたといわれる「長船」を、マジで所持しているんだ。

 驚きである。


「武次どん。おいどんな、犬んこっをゆちょるんじゃらせん。人間ひとんこっをゆちょっとじゃ」


 残念なリアクションしかえられなかった西郷は、さらにヒントを与える。


「んんん?人間ひと?そう言われれば、村田や篠原がおいもはんね」

「ちゃうやろっ!」


 海江田のあまりのボケに、思わずツッコんでしまった。条件反射である。ここまでボケられれば、ツッコまなければならない。そんな強迫観念に苛まれ、つい実行にうつしてしまった。


「ユー・アー・ステューピッド!」


 つぎは、おれ自身が現代っ子バイリンガルの野村にツッコまれてしまった。


 野村よ、わかってる。わかってるって。


 視線が痛い。痛すぎる。


 相棒が、「世界一の愚か者」をみるような双眸で、おれをみあげている。


「す、すみません。つい、ツッコんでしまいました・・・・・・」

「わかった。国ん言ん葉をつかわん士官を連れちょるんじゃなあ」

「まだボケるんかいっ!」


 思わず謝ったおれにかぶせ、海江田はまだまだボケをかましてくる。


 なんと、つぎはみんながいっせいにツッコんでくれたではないか。みんなというのは、新撰組うちのメンバーである。もちろん、永倉や俊春もである。

 

 そのとき、お座りしている相棒がすっくと立ち上がった。なにやら口吻をむずむずさせている。それから、おもむろに右の前脚が宙にあがる。その右脚は、海江田の右脚にいまにもふれそうになっている。


 まさか、ツッコミ役がボケ役の胸のあたりをたたくかわりに、前脚をたたこうとでもいうのか?


 相棒、さすがだ。『襲え!』や『追え』のように訓練したことなどないのに、完璧にツッコミ役ができるなんて……。


 おれは今後、相棒の散歩係ではなく、マネージャーに昇格するかもしれない。


 相棒とおれの関係性は兎も角、この一体感からくる感動は、沖田の剣術試合や、俊春の親父そっくりな剣技をみたときの感動それと匹敵する。


「武次どん、残念でなりもはん。あたん答えは、ことごとっ間違うちょっ」


 西郷は、駕籠のなかで悲し気につぶやいている。

 

 一方、半次郎ちゃんは呆れかえっているし、別府はゲラゲラ笑っている。

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