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『敵を知り 己を知る』? 

「新八、おまえに気など遣うか」


 副長は、心なしかうれしそうにうそぶいている。


「ぽち」


 副長は、すでに長州藩の兵卒姿になっている俊春に意見を求めた。

 俊冬がいないいま、俊春が代役になるのは自然な流れであろう。


「敵をしることは、兵法にかなっております。なにより、「でこぴん野郎」の尊顔は、一目いちもくに値いたします」


 俊春は、うれしそうに応じる。


 いや、俊春よ。いまのが孫子の兵法「敵を知り、己をしれば百戦危うからず」のことだとすれば、かなりずれてやしないか?

 

 それは、『敵についても味方についてもしっかりとしり、情勢を把握していれば幾度戦っても敗れることはない』、という意味である。


 当然のことながら、「でこぴん野郎」か「でこちんの助」かをみきわめる意味ではない。

 孫子も、びっくりしているにちがいあるまい。


 ってか、「でこぴん野郎」にしろ「でこちんの助」にしろ、大村益次郎にとっては『よけいなお世話』以外のなにものでもない。


 結局、大村見物にいくことになった。そのことを西郷に伝えると、西郷はずいぶんと面白がった。


「そんたおもしてか。国幹どん、土方さぁらに士官服をかしちゃってくれん。今日は、半次郎どんと晋助どんともに、土方さぁらに護衛を頼んことにすっ」


 西郷の指示に、驚いたのはおれたちである。

 西郷の指示を受けた篠原は、一つうなずくと奥の間へと消えた。


「いや。まってくれ、西郷さん。いくらなんでも、バレたらまずいだろう?」


 さすがの副長も狼狽しまくっている。


「世んなかには、似た人間ひとはおっもとじゃ。そいに、まさか新撰組ん幹部が、おいどんの護衛をしちょっと、いったいだれが思うやろう。そいを疑い、信じんこっはあってん、信ずっことはまずあいもはん。万が一にも露見すっようなこっがあったや、おいどんな脅され、人質にとられちょっちゅうじゃ。それから、堂々と総督府から去ればよかだけんこっじゃ」

「そんたおもしてか。残念じゃ。おいどんめこごたっじゃ」

「清隆んいうとおりじゃ。おいどんも、同伴しよごたっじゃ」


 黒田と「プレ〇リー」こと村田は、にやにや笑いながら残念がっている。


 こういう西郷の無謀っぷりは、かれらの間ではフツーなんだろうか。


 まだ立ち直れずにいるところに、副長が大笑いしはじめた。


「西郷さん。心から礼をいわせてくれ。あんたのそういうところ、かっちゃんに、近藤勇にそっくりだ。正直、心んなかではまいってたところがあったが、あんたのおかげでだいぶんと晴れてきた。つくづく、敵であることが残念でならない。それから、近藤にあわせてやりたかったよ」


 副長にここまでいわせるなんて・・・・・・。


 西郷隆盛。やはり、でかいおとこである。


 それにしても、副長のロス感とへこみようは、おれたちが感じている以上のようだ。


 篠原がもってきてくれた薩摩藩の士官服へと、おれたちはまた着替えることになった。


 総督府は板橋にある。

 またしても板橋そこに向かうことになるとは・・・・・・。


 しかし、ナマで大村をみたいという気持ちの方が、正直勝っている。


 半次郎ちゃんと別府以外は、それぞれの軍に戻るらしい。


 ここで別れれば、つぎに会うときは戦わねばならない。

 たとえ、戦うことが本意ではないとしても。


 坂本が薩摩にもたらせたのは、長州との表面上での和解や武器弾薬、ふねやもろもろの物資だけではない。


 握手やハグという、西洋の習慣をもたらせていたようである。


 かれらとは、握手で別れた。

 

 いや、訂正しておく。


『迎え酒』でご機嫌な黒田と、うれしがりの現代っ子バイリンガルの野村だけは、ハグをやっていた。


 いい連中である。西郷を心から敬愛し、一心に従う熱い男たちである。


 会えてよかった。心からそう思った。だが、その分、残念でもある。

 

 敵であることが、戦わねばならぬことが、ただただ残念でならない。


 

 町駕籠で向かうという。できるだけ、目立たぬようにするというのが、西郷の流儀らしい。護衛役は、本来は半次郎ちゃんと別府だけであったらしい。


 江戸にはまだ、幕府軍が残っている。彰義隊のように、隊として機能していなくても、個人や小グループで動いている者もすくなくはないだろう。そういった者が、たまたま西郷をみつけ、襲ってきたとすれば?


 西郷は、半次郎ちゃんと別府をガチで信頼しているんだろう。


 もっとも、幕府側に「人斬り半次郎」を倒せる者がいるとは思えないが。

 すくなくとも、いまだこのあたりでうろうろしている幕府側の人間ひとは、あからさまに反旗を翻して抵抗しているわけではない。マジで抵抗するんなら、彰義隊にくわわって上野にいるか、江戸からでてどっかの隊にくわわり、各地で戦っているはずである。

 

 いまだ江戸ここに残っているのは、優柔不断か勇気がないか、敵に取り入ろうとしているか、そんなところであろう。

 

 もちろん、なかには事情がある者もいるにちがいない。

 

 本人や家族、知人が病とか怪我をしているために戦いに参加できなかったり、戦にいこうとしたが止められたり、などなど。


 それぞれの事情があるかもしれない。


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