さぁ、どっちだ?
「西郷先生と薩摩の方々に、あらためてお尋ね申す。「でこぴん野郎」と「でこちんの助」、いかに?」
俊春は、まるで人類の行く末を審議する神のごとく決然と問う。それから急に、やわらかい笑みを浮かべた。
「わたしは、強いですよ」
そのたった一言は、万の大言壮語より威力がある。ってか、めっちゃ脅してる。
だれかが唾を呑み込む音が、やけにおおきくきこえてきた。
「「でこぴん野郎」、じゃなあ」
ややあって西郷が答えた。さすがである。
「おいどんも、「でこぴん野郎」じゃて思う」
「おいどんも、そいに同意すっ」
「おいどんもそうじゃ」
「「でこぴん野郎」やなあ、半次郎ちゃん?」
つぎからつぎへと、「でこぴん野郎」に票が入る。ってか、入れるしかない。
最後は別府である。かれにうながされた半次郎ちゃんも、無言でうなずくしかないようである。
「心より安堵いたしました。これで、ムダに血を流さずにすみましたな」
俊春は、柔和に微笑む。それはそうであろう。かれの思惑通りにことがすすんでいるのだから。かれは、満足しているにちがいない。
「西郷先生、海江田先生にもお伝えください。「でこぴん野郎」と「でこちんの助」ではどちらがふさわしいかを、軍議の間中ご検討願います、と」
俊春はそうシメてから、縁側で叩頭した。
西郷は、はっとしたようだ。
「わかった。かならずや伝ゆっ。おいどんも、軍議中にあらためてどちらがふさわしかか、検討してみることにすっ」
海江田にしろ西郷にしろ、軍議の席で大村をまえにし、「でこぴん野郎」か「でこちんの助」か、どっちがよりふさわしいかをかんがえていたら、たとえ大村本人にムチャぶりされてもスルーする余裕ができるかもしれない。
俊春は、それを狙っているのだ。
おそらくは、であるが。
「よかれば、こいを着てよかたもんせ」
篠原と「幕末のプレ〇リー」こと村田が、軍服をもってきてくれた。
もちろん、コスプレのためのものではない。カモフラージュのためである。
「うまくたちまわるつもりだが、万が一ってこともある。そうなりゃ、薩摩に迷惑がかかっちまう」
副長は、丁重に固辞した。
せっかくの好意をムダにするばかりか、とんでもない迷惑をあたえかねないからである。
「心配へりもはん。これらは、長州藩ん兵卒んもとじゃ。なにかあったときんために、準備しちょっとじゃ。じゃっで、着てよかたもんせ。なにかあったとしてん、そんた長州藩ん問題じゃ」
篠原は、そういってくつくつと笑う。
よくみれば、軍服の上着の二の腕のところに、長州藩を示す白色の腕章が縫い付けてある。
人が悪い。
思わず、苦笑してしまう。
薩摩も、長州を味方とは思ってはいない。敵に対するのと同様、間者を送り込んでは調べたりするのであろう。
副長は、西郷と篠原にうなずいてみせた。それから、永倉に視線を向ける。
「せっかくの好意だ。ありがたく受けよう。江戸から無事にでられればいい」
永倉は、ごつい肩をすくめて応じる。
でっ結局、いただくことになった。
「アイ・ウォント・スィー・「でこぴん野郎」」
部屋をかりて着替え中である。
現代っ子バイリンガルの野村が、とんでもないことをいいだした。
「あああ?なにいってやがる?」
ええ、副長。イライラはごもっともです。
「利三郎は、「でこぴん野郎」をみたいそうですよ、副長」
笑いながら告げた。
いまや大村は、ある意味「ときの人」である。一度はみてみたい、と思うのも無理はないだろう。
「ぜひともみてみたいものですな。「でこぴん野郎」か「でこちんの助」か、やはり実物をみてみないと・・・・・・」
なんと、現代っ子バイリンガルの野村だけでなく、島田まで大村をみたいっていいだした。
「おいおい、土方さん。いちいちおれに気を遣わんでくれ。あんたらしくない。おれは、あんたとともにいるかぎりは、できうるかぎりあんたのかんがえにしたがうさ。もっとも、おれも興味があるがな。それに・・・・・・」
どうやら、副長が永倉に無言の問いかけをしたらしい。永倉が、苦笑しながらいう。
副長は、永倉に気を遣っているのである。
永倉は、本来ならばこのまま江戸をで、一刻もはやく靖兵隊に合流しなければならない。永倉自身の幼馴染の市川宇八郎のためとか、前線で活躍するためとかではない。新撰組からともに抜けた中条、前野、松本の三人が、靖兵隊にいるからである。
が、永倉は、その三人にきつくいっているらしい。戦闘になるようなら、とっとと逃げろと。
三人は、永倉のいいつけをまもるであろう。
そしてさきほど、永倉が最後にいいかけてやめてしまった言葉とは……。
それはきっと、「すこしでもともにすごしたい」だったのではないかと推察する。
いや、推察ではない。断言してもいい。
局長の斬首を目の当たりにし、親友以上の存在の原田と別れ、って、もちろんそれは、BL的要素ではなくって兄弟的関係なのであるが、兎に角かれは寂しいのである。
これで副長や島田とも別れれば、かれはきっと、すごいロス感でしばらくの間へこみまくるにちがいない。
とはいえ、ムダに別れを引き延ばしても、かえってロス感が増すのではなかろうか。
しかし、おれ自身、正直なところかれと別れたくないと願っている。
なにかハプニングがあってもいい。『そのとき』を、できるだけさきに延ばしたい。




