「でこちんの助」と「でこぴん野郎」ふたたび
「半次郎ちゃんというなと、いっちょっじゃろうが」
半次郎ちゃんも飯やおかずを喰いながら、年齢のはなれた従弟に注意する。
なんとなくではあるが、その勢いがどんどんなくなってきている感じがする。
きっと、気のせいであろう。
麦みその味噌汁には、きざんだ小かぶとさつま揚げが入っている。煮物のさつま芋は、薩摩から運ばれたものにちがいない。そして、鯵のひらきは、江戸で入手したものであろうか。香の物は、沢庵と梅干である。
まさか、副長と相棒の大好物をリサーチしてのチョイスではあるまい?
ただの偶然にきまっている。
俊春は、相棒にぶっかけ飯と沢庵を準備してくれた。
おそらく相棒は、麦味噌ははじめてかもしれない。
「いいかげんにしろ」
もはや、「大食い選手権」化してしまっている。新撰組からは永倉と島田、薩摩からは黒田と別府、この四人がぶっちぎりで喰いつづけている。
副長の静止も耳に入らぬほど、一心不乱に喰っている。
ってか、よそ様のお宅で、どんだけ喰うんだ?
「ちゃんと準備しておりますゆえ、いくらでもどうぞ」
できた男俊春は、廊下に控えて鷹揚に告げる。
かれは、こういう事態になることを想定していたわけだ。
「みっともねぇっ!」
「みっともなかっ!」
副長と篠原の怒声が響き渡るなか、四名のフードファイターの熾烈な戦いは、かれらが果てるまでつづいたとさ。
って片付くわけもなく……。
おれたちは、その過酷すぎる勝負の行く末を目の当たりにしている。
四人ともズボンのベルトもボタンもはずし、畳の上にひっくり返っているのである。
当然のことといえば当然であろう。あんだけ喰ったら、腹がはちきれそうになるに決まっている。
そんな呆れムードのなか、そこはスルーしつつ食後の一服をしている。
一服といっても、お茶をすすっているのであるが。
「西郷さぁ、今日は軍議があっと」
「そんた、気ん重かことじゃなあ」
篠原が秘書のごとく本日の予定を告げると、西郷はあからさまにでかい相貌をくもらせた。
「武次どんが、また暴るっやろうね」
西郷がつぶやくと、その口からおおきなため息がもれる。
武次とは、海江田信義の通称のことにちがいない。
「「でこぴん野郎」のことですかな?」
俊春が後片付けをおえ、もどってきた。縁側から庭におりようとしたところで、そのつぶやきをききつけ、いや、よんだのであろう。縁側に正座し、尋ねた。
「「でこぴん野郎」・・・・・・?」
西郷は俊春をじっとみつめていたが、いきなりふいた。「でこぴん野郎」というのがだれなのか、思いいたったのである。
「そういえば、大坂で「眠り龍」は、「でこちんの助」ていっちょったよね?」
「幕末のプレ〇リー」こと村田が、思いだしたらしい。
例の大坂での金銀財宝の奪い合いの際、俊冬がいったのである。
長州藩の軍師的存在大村益次郎を称して・・・・・・。
「それは、ちがいまする」
とつじょ、俊春が怒鳴った。怒りをあらわにする俊春もめずらしい。その怒鳴り声で、ひっくり返っている四人が飛び起き、庭でボケーッと食後のひとときをすごしている相棒も、びっくりしている。
「「眠り龍」は、人をみるめがござりませぬ。「でこちんの助」?ふっ、笑止千万。かような戯言、真にうけてはなりませぬっ」
俊春は、キレッキレの状態で吠えまくっている。
「ぽち・・・・・・?」
さすがの副長も、俊春の豹変ぶりについていけないようだ。
双子の確執は、じつに根深く深刻である。
大村益次郎を称するのに、俊冬は「でこちんの助」と、俊春は「でこぴん野郎」と両者譲らず、この話題になったらきまって熾烈なバトルをくりひろげるのである。
五兵衛新田にとどまっていたとき、どっちがふさわしいかを新撰組の内部で民主主義的に問うたことがある。おれは、ウィキ等で肖像画をみたことがあるので、どっちがふさわしいかを決めようと思えば決めることができる。が、ウィキは当然のこと、おなじ時代に生きているとはいえ、ずっと敵対している大村とリアルに面識があるわけもない新撰組のメンバーにとっては、なんのこっちゃわからぬのは当然のこと。みな、テキトーにどっちかを選んでいた。
それは兎も角、「でこちんの助」にしろ「でこぴん野郎」にしろ、大村を語るのに、どちらもズバリすぎる。どれだけイマジネーションを駆使しようと、それ以外はかんがえようもない。
ってか、双子にすりこまれてしまっている。
ちなみに、大村は軍師としては優秀かもしれないが、性格は致命的にイタイのである。ゆえに、とくに薩摩藩とは衝突がおおかったらしい。もっとも、長州藩内部でも評判はすこぶる悪いらしいが。
海江田は、ことあるごとに大村とぶつかる。来年、大村は、長州藩の尊王攘夷派である神代直人を中心とする不満分子らのメンバーに襲撃される。結局、大村はそのときの傷が元で死ぬ。
海江田が、そのメンバーを煽動したという説がある。
「いいのか、ぽち?たまにしられたら・・・・・・」
「しられる、ですと?永倉先生、しられることはありますまい。なぜなら、これにいらっしゃるすべての方が、あの愚か者に告げるようなことがないからです」
それは、めっちゃ脅迫めいていて、なおかつ不穏すぎる言葉である。
はやい話が、「チクるようなことがあれば、ただじゃすまさないぞ」感が半端ない。
ってか、俊春よ。なにゆえ、大村益次郎を表現するのに、いつもこんなにムキになるんだ?
殺気立ち、なおかつ多重人格者みたいに豹変するんだ?
沈黙が重い。重すぎる。
全員が、唖然とした表情で俊春をみつめている。




