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家庭的な篠原さん

 よしっ、起きるぞっ!


 俊春を手伝い、かれに感謝してもらうんだ。それから、副長にほめてもらうんだ。


『よくやった』と、お小遣いをくれるかもしれない。


 もう一度、マイ懐中時計をみてみた。

 五時半になろうとしている。ということは、三十分ちかくもダラダラぐだぐだしていたというわけだ。


 いよいよもって、決断せねば。


 結局、いい子のおれは、起き上がってお手伝いをすることにした。


「主計」


 厨にゆくと、やはり俊春が一人で厨中を駆けまわっている。


 おれに気がつき、かれはこちらを向いた。


 粗末な着物を尻端折りし、たすき掛けに前掛けまでしている。右掌にお玉を、左掌に火吹き竹を握っている。


「ゆっくり眠っておればいいものを」


 かれは視線をあわせてからそういい、それから竈へ向き直る。


「ゆっくり眠りましたよ。炊飯のいいにおいで目がさめたというわけです。一人で大変でしょう?手伝わせてください」


 ってか、俊春の勝手しったる状態だ。


「さすがはお勝手だ。なーんちゃって」


 いままさに心のなかでつぶやこうとしたところに、俊春が声をだしてかぶせてきた。しかも、おれの声真似をして。


「語源をしっているか?」


 かれは、こちらに背を向けたままきいてくる。木の鍋蓋をひらけ、お玉で鍋のなかをかきまぜている。

 

 かれがきいてきた語源とは、お勝手についてであろう。


「ええ。諸説あるようですね。弓道の左掌を「押し掌」、右掌を「勝手」といい、右のほうが自由につかえるところから、厨をあらわすようになったとか。幕府や藩の財政の台所事情をあらわす、なんてことも。奥方は、厨では自由にできる。つまり、勝手ができるっていう説もありますね。いずれにしても、いまのは自分でもイタイ『ネタ』って自覚しています」

「まさしく、そのとおりだ」


 ん?

 いまの俊春の同意は、どっちにたいしてなんだろうか?おれの「お勝手」のトリビアにたいしてか?それとも、「イタイ『ネタ』」にたいしてか?


「ならば、ありがたく手伝ってもらおう」


 かれはこちらに横顔だけ向け、にっこりと笑っていう。


 そして、鬼レベルにこきつかわれた。

 

 ホテルや旅館やペンションでバイトをしたことはないが、きっと朝食の準備はこんな感じなんだろう。


 マイ懐中時計が六時半をまわった時分ころ、厨に篠原がやってきた。


「なんてことやろう。朝餉ん準備までしてもろうて・・・・・・。申しわけあいもはん」


 かれは、厨の光景をみるなり眠気がぶっ飛んだにちがいない。あたふたしつつ、下駄をはいてこっちにやってきた。


 ってか、昨夜蕎麦を運んだり、いまの様子ではかれが朝食の準備をするつもりだったんだろう。  

 ということは、篠原ってそういうキャラなんだろうか。


「材料を勝手につかわせていただきました」

「そんたかめもはん。お客人にこげんこっをしてもろうて、詫びきれもはん」


 篠原はシャツの上にたすき掛けをし、前掛けをして準備を整える。


「掌を洗うてきてから、いっき手伝うで」


 かれはそうつづけると、慌ただしく厨のお勝手口からでていってしまった。


 もどってきた篠原も含め、俊春の指示のもと、朝食の準備を粛々とすすめてゆく。


 篠原の手際のよさに、驚きを禁じ得ない。


 この時代、それこそ「男子厨房に入るべからず」の風潮が強いと思っていた。が、局長や永倉、原田などは、それぞれの奥方の手伝いを率先してやっていたようである。ゆえに、屯所でも自分が喰った後の食器は自分で厨まで運び、洗って納戸にきちんとなおしていた。


 それは兎も角、薩摩というよりかは九州男児というものは、さらにすごいんじゃないかと思いこんでいた。

 あっ、それと大の酒好きで酒豪ばかりとも。まぁ酒に関しては、土佐だって酒豪ぞろいのイメージが強いが。


「調理をすっのが好きじゃ」


 篠原にそれとなく尋ねると、かれは照れ臭そうに答えてくれた。

 

 なんでも、餓鬼の時分ころから、厨にいって調理の様子をみるのが好きだったとか。いつしか自分でもやるようになり、いまでは趣味の一つであるらしい。ゆえに、率先して調理を担当しているのだとか。


 意外すぎる一面である。


 まぁ、戦国時代の猛将伊達政宗(だてまさむね)も、料理が趣味の一つだったらしいから、おかしくはないな。


 それは兎も角、準備が整った時分ころ、みなが起きはじめた。っていうよりかは、においに誘われて目が覚めたって感じか。


 篠原と俊春とともに、お膳にのせて運ぶ。


 副長や永倉たちは、手拭いをもらって身づくろいをすませたようである。


「いただきます」


 西郷も起きてきて、上座で喰っている。


 不思議なのが、低血圧で朝飯はいらないという人はいないようである。ってか、みんな、テンション高くもりもり喰っている。


 さらに不可思議なのは、黒田である。あれだけ呑んでいたのに、フツーに喰っている。それどころか、給仕役の俊春に、飯のおかわりやみそ汁のおかわりをどんどん要求している。

 新撰組の大食漢、永倉と島田が、それに負けじと猛追撃している。

 

 さらには、一番若い別府もまた、「半次郎ちゃん、うめねぇ」と、あいかわらず半次郎ちゃんコンプレックスを全開させつつ、じゃんじゃん喰っている。



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