二度寝の誘惑
自分でも驚いてしまった。
いまや江戸は、敵の占領地で敵がひしめいている。そのただなかにある敵の蔵屋敷で、敵とおなじ屋根の下にいるというのに、めっちゃ爆睡してしまったのである。
昨夜、浜辺から屋敷にもどると、島田や野村、篠原たちは呑んでいる部屋で雑魚寝していた。そのおなじ部屋で、副長と黒田が呑んでいた。
厳密には、黒田は酒を、副長は熱く濃い茶を呑んでいた。
その茶は、黒田が淹れたらしい。そのことをあとできいて、心底驚いてしまった。
ちがう部屋に布団を準備してくれているといわれたが、前夜のあのぼろぼろのお堂の抜けかけた床のことを思えば、畳の上でも充分寝心地はいい。
ってか、ぶっちゃけ呑んでいる部屋で寝転がったら、そのまんま落ちてしまった。つまり、ちがう部屋にゆくことすらかなわなかったわけである。
朝、炊飯のいいにおいで目が覚めた。
どのくらい眠ったであろうか?感覚的には、四、五時間くらいであろう。
覚えていないだけなのかもしれない。夢をみた気がまったくしないのだ。
結局、シャツとズボンのまま突っ伏し、「之定」だけすぐ側に置いて眠りこけていたらしい。
うつ伏せの状態から、ごろんと仰向けになった。天井はどこにでもあるそれと同様、シミやら模様やらがある。夜が明けかけているのだろう。そうとうはやい時間にちがいない。夜が明けかけている澄んで湿った空気が、周囲にたゆたっている。
周囲から、寝息やらいびきやらがしている。
西郷以外は、ここで眠ったのである。
そうかんがえると、誠に不可思議である。史実の見地からいえば、イエス・キリストの復活的に奇蹟にちがいない。
この時期に、薩摩と新撰組が仲良く眠っているのである。
くどいようだが、仲良くといってもBLの要素はいっさいない。
相貌を庭の方へと向けると、相棒が丸くなって眠っているのがみえる。相棒も、おれたち同様つかれているんだ。
って、『散歩係の主計が、つかれているわけはなかろう』って、どこかのイケメンに嫌味をいわれそうだが。
マイ懐中時計を胸ポケットからだし、仰向けの状態のままかざしてみた。
五時まえである。夜はしらじらと明けつつあり、灯火がなくても様子をうかがえる程度には明るくなっている。
そこはかとなく流れてくるのは、炊飯中の飯とだし汁においである。
みそ汁にするためのだし汁であろうか。たしか、薩摩は麦みそのはずである。
大河ドラマでも放映された篤姫は、第十三代将軍徳川家定の御台所となって以降、明治十六年に亡くなるまでずっと江戸住まいである。彼女は、わざわざ薩摩からみそを取り寄せ食していたらしい。
『キュルルルルル』
人間の体は正直だ。ってか、すくなくともおれの腹は、本能のままに反応している。
腹の虫があまりにもおおきく自己PRをはじめたもので、反射的に両掌で腹をおさえてしまった。
まだみんな眠っている。このまま瞼をとじれば、ヨユーで二度寝できそうである。
朝、ふと瞳が覚めてスマホをみると、画面上にでている文字が設定しているアラームの時刻より30分以上まえだったら、めっちゃうれしくなる。そのときみたいに、いまは幸せな気分である。逆に、設定している時刻の15分以内だったら、テンションがいっきにさがってしまう。
この至高のにおいをさせているのは、99.999999%の確率で俊春にちがいない。
かれはこの夜もまた、部屋にあがることなく鍛錬をやるといっていた。結局、たいして眠ることなく、朝食の準備をしているのであろう。
かれは、喰ったり眠ったりという人間の基本を忘れてしまっている。
そのかれは、人間一倍働き、動きまくっている。
正直、そんなかれの身体構造が、不可思議でならない。
いろいろ空想したり推察したりしているが、ようは起き上がりたくないのである。このまま、うとうと二度寝するのは贅沢すぎる所業であろうか。
いや。やはりここは、根性のみせどころであろう。っていっても、だれにみせるものではない。自分自身にたいしてである。
起き上がり、この部屋からで、廊下をあるいて厨にゆき、俊春の手伝いをするのだ。かれはきっと、一人でてんてこまいしているはずである。飯を炊き、汁物をつくり、メインディッシュにサイドに、食後のコーヒーや紅茶にスイーツに・・・・・・。
きっと、相棒かその散歩係の手を必要としているはず。その相棒は、いまはまだ夢のなかである。ならば、ここはおれが・・・・・・。
まさしく、『主計がやらねばだれがやる?』である。
いまのは、おれがまだ生まれるずっとまえに放映されていたアニメのキャッチフレーズか台詞かのパクリである。たしか、そのアニメは再放送か「YouTube」でみた気がする。
って結局、だらだら寝転がっているんじゃないか。




