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そのまんま

「あいは、耳がきけんとな?」


 半次郎ちゃんの向こう側で、有馬がきいてきた。


 それはそうか。永倉もおれも、あれだけ口の形をおおきくし、ゆっくり話をしている。それをみれば、だれだってそう推測するであろう。


「ああ。もっとも、耳朶がきこえようがきこえまいが、あいつはどうってことはないがな」


 永倉が、さらっと答えた。

 

 かれは、俊春が聴覚を失ったことをしったとき、だれよりも口惜しがっていた。いや、自分を責め、無力感に苛まれていた。

 それは、いまもかわらないだろう。


「そうなんか。あいは、強か男じゃなあ」


 有馬は、ただ一言発しただけである。そして、おれの隣の半次郎ちゃんは、とくになんの反応もなく、熱心に俊春をみつめている。


 その心のなかで、どのように思っているのであろう。


「ああ、そのとおり。やさしくて強い男だ」


 永倉がぼそりとつぶやいた。それがまた、せつなすぎてじわる。


「おまえが西郷さんと兼定と散歩にいっていたとき、あいつが近藤さんのことを語ったんだ。泣きながら、な。思わず、こっちまで泣いちまったよ」

「ええ。泣いたのかなってことには気がついていました。戻ってきたとき、かれの双眸が真っ赤でしたから」

「半次郎ちゃんも泣いちょったよな」

「そげんあいも、泣いちょったじゃらせんか」


 有馬が半次郎ちゃんをからかうと、半次郎ちゃんがやり返す。


「国幹は、ひどかったどな」

「篠原どんがあげん泣き虫やったとは、しりもはんじゃした」


 有馬が思い出したようにいうと、半次郎ちゃんは苦笑する。


 そういえば、篠原は涙を流しているのをごまかすために、厨にいったんだっけ。


 そんなやりとりをしている間に、俊春の準備が整ったようである。



 それにしても、静かである。いまからたった150年後、ここはビルが建っていて、いろんな音にあふれかえっている。

 もちろん、現代でも夜間などは静かなときもあるであろう。

 しかし、いまのように潮騒の音だけが耳に心地いい、なんてことはないはず。


 俊春は、こちらに向き直ると一礼した。それから、潮騒と同化するかのごとく静かに「之定」を打ち振りはじめた。


 副長と俊冬と相棒と、五兵衛新田でみたのとおなじ、警視流である。

 これで二度目であるが、よりいっそう親父をみているような気がしてならない。


 このまえ、かれは「之定」をつうじて、親父やおれを感じるといっていた。 

 

 誠に、そんなことができるのであろうか?いや、実際、やっているんだから、できている。それこそ、世のなかにはイタコとかシャーマンとか、そういった霊的なものや悪魔的なものを呼んだりのりうつられたり祓ったりする人がいる。

 刀には魂が宿っているともいうし、それを感じているのかもしれない。


 それにしても、ここまでそっくりにできるものであろうか。いや、そっくりなんていうには、なまやさしすぎる。眼前で刀を振っているのは、相馬龍彦だと断言できる。

 それほど、そのまんまである。


 ふと、かれと俊冬の恩人とやらのことを思いだした。


 その恩人は、「之定」を所持していたという。


「主計、主計」


 永倉に呼ばれているのにしばらく気がつかなかったほど、相馬龍彦・・・・かたに集中していた。

 

 酒は、ほとんど抜けている。が、相貌かおがやけに火照っている。潮風が肌に心地いい。磯のにおいが鼻腔内にあふれ、唾をのみこむと海草の味がする。


「主計、大丈夫か?」


 左肩を、がっしりつかまれた。

 永倉の分厚い掌が、おれの左肩をつかんでいる。かれは、相棒ごしにおれの相貌かおをのぞきこんできた。

 

 視線を感じるので、右側へ視線それを向けると、半次郎ちゃんと有馬もこちらをみている。


「大丈夫です。どうやらぽちは、剣を通じて親父を感じているらしく、いまやっているかたは親父の流派のかたなんです。そっくりというよりかは、そのまんまでして・・・・・・。みるのはこれで二度目なんですが、たまらない気持ちになります」

「そうか・・・・・・」


 永倉は、すぐに察してくれたらしい。かれの掌が、肩からはなれた。が、それはすぐにおれの頭にうつった。

 あらっぽくおれの頭をなでるかれの掌は、めっちゃあたたかくてやさしい。


「相馬君ん父上ん?そうと。はじめてみるかたじゃっどん、わっぜきれいじゃ」

「おいどんが流派に似たかたもあったじゃ。そんた兎も角、心があらわるっようじゃ。あいをみせられれば、おいどんがこれまでやってきたいろいろなこっが恥ずべきことやったて思いしらさるっ」


 有馬につづき、半次郎ちゃんが視線を俊春にもどしてつぶやいた。


 警視流のなかの『一二いちにの太刀」というのは、示現流をもとにしている。そして、そのつぎの『打落うちおとし』は、永倉の流派である神道無念流をもとにしている。


 それは兎も角、また四人でみつめる。


 美しく気高く、荘厳なまでのかたである。


 双眸から、ひとりでに涙がこぼれ落ちていた。

 

 おれだけでない。

 永倉も半次郎ちゃんも有馬も、涙を流していた。


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