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相棒 せがんでみる

 副長は、こと勝負にかけては『汚い』、『奇天烈』、『姑息」の3Kを基本とする。

 ここにきて同志を得、おおよろこびするのは当然のことかもしれない。


 いまや二人は肩を組みあい、3Kについて持論をぶつけあっている。しかも、素面の副長と、完全にできあがっている黒田のテンションがまったくおなじであることが、ウケるというかビミョーというか……。


 まぁ、喧嘩するよりかはずっといいんだろうけど・・・・・・。


 二人は肩を組みあったまま、蔵屋敷の方へとあるきはじめた。

 

 その二つの背をみながら、複雑な思いにかられてしまう。


 蝦夷でぶつかりあうのである。まぁ、戦国時代のように戦場いくさばで駒を立て、おたがいにその存在を感じながらっていうわけではないが。


 じつは、黒田はこの戦の後、旧幕臣であり蝦夷では箱館政権の総裁をつとめることになる榎本武揚えのもとたけあきの助命に奔走する。

 榎本は、幕府の軍艦頭であり、あの松本法眼の甥でもある。


 肩書よりも重要なのが、榎本は副長のことが大好きで大好きでたまらないらしい。


 黒田は、この榎本の助命奔走の件がきっかけになるのかどうかはわからないが、旧幕府軍にたいして寛容でありつづけるのである。


 そんなかれの未来は兎も角、全員でしばし呆けたように二つの背を見送った。すると、相棒がすっくと立ちあがり、俊春・・を、おれではなく俊春をみあげ、尻尾をふりふりしはじめた。


 それでやっと、人間ひとがわれにかえった。


「あ、ああ。そうだな、兼定」


 俊春はうなずきつつ、相棒の頭をやさしくなでている。


「兼定は、なんと申しているのだ?」


 永倉は、それに気がついたらしい。かれは、俊春の注意をひいて口の形をおおきくして問う。


人間ひとは、おろかだと」


 俊春の言葉にはっとした表情かおになったのは、おれだけではない。永倉も半次郎ちゃんも有馬も、はっとしたように相棒をみおろし、それからまた遠ざかってゆく副長と黒田の背へ視線を送る。


 そのとおりである。こうして『とき』を共有しているにもかかわらず、これ以降は敵対し、生命いのちのやりとりをしなければならない。

 

 動物とちがい、子孫を残すためであったり、喰うためという生存をかけての戦いではない。

 あくまでも、あらゆる欲のために戦わねばならぬのである。


「いや、それは遠慮しておこう。わたしのは、これにいらっしゃる剣豪におみせするようなものではない」


 相棒は、まだなにかいっているようである。厳密には、訴えているようである。


「ぽち、相棒はなんと?」


 俊春に話しかける際、口の形をおおきくするのは習慣づいてしまっている。


「・・・・・・。わたしの剣をみたい、と」


 かれはいいよどんだが、教えてくれた。


「へー。おれは、さんざん相棒に居合の形を披露してきましたが、一度たりともそんなことをねだってきたことはありませんよ」


 現代にいたときから、相棒のまえで居合の形を練習していたのである。俊春のように、相棒の心の声をよむことはできない。それでも、すくなくともいまここで相棒がみせているような、やさしいというか甘えたような表情かおは、ついぞみたことがない。


「どうせ、おれなんて・・・・・・」


 思わずいじけてしまった。そんなつもりはなかったのであるが、ついいじけてしまう。


 そのとき、相棒がおれのほうを振り返り、こちらにトコトコちかづいてきた。


 おおっ!もしかして、謝罪?それとも、仲直りするつもりか?ってか、べつに喧嘩しているわけではないのだが。


 が、おれの左脇をとおり、その横にお座りするではないか。いつもの定位置よりかはまえである。それから、狼面を俊春へと向ける。


「「之定」をつかえと?だめだだめだ、兼定」


 って、おれではなくって「之定」に用があったわけ?


 内心でがっくりきてしまう。


「わかったよ、相棒。たしかに、この夜のシメには、ぽちの剣技をみるのがふさわしいな」


 できるだけ嫌味にきこえぬよう、薄ら笑いを浮かべつつ相棒に告げる。それから、「之定」を左腰のベルトから鞘ごと引き抜きつつ、俊春にちかづいた。


「相棒のたっての願いです、ぽち。ぜひともみせてやってください」


 まるで、元カレの強がりである。おれの笑みは、ひきつっているだろう。


「・・・・・・。披露するほどのものではないが・・・・・・。つかわせていただこう」


 かれの声が弾んでいる。おれの掌から、「之定」をうやうやしく受けとるその表情かおは、こっちがひいてしまいそうになるほどうれしそうであり、幸せそうである。


 俊春はおれたちからはなれ、波打ち際にいたると、そこで「之定」を両掌でうやうやしくかかげ、いつものようになににたいしてか、祈りの言葉のようなものをつぶやいている。


 おれたちは、それを並んでみまもっている。


 おれの左側に永倉が立っていて、その間に相棒がお座りしている。


 わかっている。相棒がおれの左側にいるのは、大好きな俊春が剣技を披露するから、おれの左側にお座りするしかないのである。


 そんなやっかみは、いや、やっかみではなくて補足説明は兎も角、おれの右側には半次郎ちゃんが、その向こうに有馬が立っていて、同様に俊春をみつめている。

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