黒田と副長
「なんだと、主計?」
「はい?なにもいっていませんが・・・・・・」
「嫌味をぶちかませだ?なんてこった。きいたか、いまの?」
副長は、半次郎ちゃんたちに苦笑してみせる。
「おれが本気をだせばどうなるか。わかってるだろうが、ええ?」
「ああ、土方さん。おれたちは、自身の身をもってわかっている。願わくば、おれたちの双眸の届かぬところで、本気をだしてもらいたいものだな」
「ちっ!新八よ。おまえも、とうとうおれとおなじ穴の貉になったんだ。エラソーなことをいえぬぞ」
「はぁ?あんたのとは、ちがいすぎるんだよ」
永倉は、さきほどの目くらましのことを指摘されてムッとしている。
それはそうであろう。超絶卑怯な副長にされたのだから。
「土方さぁは、すげ遣い手ときいちょっが」
そのとき、黒田がとんでもない偽情報をふってきた。
思わず永倉と俊春と、ついでに相棒と四人で、黒田を同時にみてしまった。
「薩摩藩は大丈夫か?それは、とんでもなく誤った情報だぞ」
「ちょっとまちやがれ、新八。どこが誤ってるっていうんだ、ええ?」
副長が、永倉にソッコーダメだしをする。
「はぁ?それとも、おれはいまの薩摩言葉を、間違った解釈をしちまっているというのか?」
永倉は、副長から俊春とおれへ、視線をうつす。
「いえ、永倉先生。間違っていませんよ。黒田先生は『すごい遣い手』だと、たしかにそうおっしゃいました。それって尾ひれどころか、もはや原形をとどめていないほど曲解、捏造されていますよね。あっそうか。ある意味、すごいかも。大坂で遣り合ったとき、薩摩の方々はたいそう驚いていたじゃないですか。口々に、たしか・・・・・・」
「「きたなかっ!」と申していた」
「そう。それです、ぽち。フォロー、ありがとうございます。ねぇ、そうですよね、桐野先生?」
一瞬、半次郎ちゃん?っていいそうになったが、かろうじて桐野と呼んだ。
「たしかに、あれにはたまがった。「狂い犬」らよりおじかった」
半次郎ちゃんは、両肩をすくめてジョークを飛ばす。
こうしてよくみてみると、半次郎ちゃんは背がそこそこあり、筋肉質でガタイがいい。
「主計、いつでも薩摩にいってくれていいんだぞ?薩摩の方々は、おれよりよっぽど大切にしてくれるであろう。ゆえに、おまえも薩摩藩でなら八面六臂の活躍ができるにちがいない」
副長は、ニッコリ笑って戦力外通知を叩きつけてきたうえに、放出までしてきた。
「大坂でん一件はきいちょっ。土方さぁが汚か策を用いたことも。そん上で、いったとじゃ。あげんこっは、ふつうん剣士にはできんこっじゃ。精神に余裕があって、なおかつ柔軟なびんてでなかと、わっぜじゃなかが思いつかんやろう。せから、剣士ん精神や習性、技をよう知悉しちょっでこそ、しきっこっでもあっと。じゃっで、土方さぁはすげ遣い手じゃ」
黒田はそう一気にいった。それから、砂のうえに転がしていた徳利を拾うと栓を抜き、ぐびぐびと音を立てて酒を口に流し込む。
永倉が、唾を呑み込んだ。運動のあとの酒ってうまいんだろうなって心境なんだろう。
そういえば、黒田は明治期に蝦夷、もとい北海道の開拓使もつとめることになる。そのとき、麦酒醸造所の創業に挑み、力を入れる。北海道で収穫される大麦をつかって、である。それが、「サッポ〇ビール」の原点となる。
もちろん、いまはまだない。ゆえに、薩摩の芋焼酎ってわけである。
ビールのことは兎も角、黒田、あんた正気か?ってききたくなってしまった。
みなをみまわすと、永倉も俊春も相棒も、それから半次郎ちゃんも有馬も、一様に驚き半分、呆れ半分の表情で黒田をみている。
持論?曲論?世迷言?それとも、かれなりの社交辞令?お愛想?思いやり?
兎に角、なんかちがっている。ズレまくっているし、そもそもわけがわからなさすぎる。
まともなおれたちには、理解どころかその理論を垣間見ることすらはばかられるレベルである。
しかし、ただ一人、この男だけはちがう。
「黒田君。あんた、できた漢だ。漢は漢をしるっていうが、まさしくだな」
それはもちろん、土方歳三である。
副長は、俊春に相棒の綱をおしつけるなり、軍靴で砂をまき散らしつつ黒田に駆け寄った。それから、天国にいる局長もびっくりするほどの勢いで、黒田の両肩をパンパンと叩く。
その音は、潮騒をかき消すほど、夜の浜辺に響き渡っている。
「いえや、土方さぁ。おはんのような戦い方こそが、誠ん戦い方じゃ。道場剣術じゃあらんめえし、杓子定規に剣ん道やら正々堂々やら唱えたところで、勝つっわけはあいもはん。勝負は、勝つことこそがすべてじゃ。そんためには、どげん汚か策をつかってんよかとじゃ」
黒田の持論はつづく。
こうなると、もはや凝り固まった正義をふりかざすご意見番みたいなものである。
「いやー、ますます気に入った。こりゃぁ、敵にしておくにはもったいない」
副長は、興奮しまくっている。




