決着
って驚いている間に、俊春の掌がおれの胸元からはなれた。
かれはおれをみることなく、視線を半次郎ちゃんに向けたまま、おなじ掌でおれの右腕をつかんでひっぱって立たせてくれた。
「まずは、桐野殿。京でのあなたにたいする非礼をお許し願いたい。子どもたちをだしにされ、わたしも平静ではおられず、数々の非礼を働いてしまいました」
俊春は「兼定」をひくと姿勢を正し、半次郎ちゃんに軽く一礼した。一方の半次郎ちゃんは、突然詫びられて当惑気味である。それでも、得物をひいて姿勢を正す。
「わたしが斬撃をなにゆえとめたか、あなた自身がよくおわかりかと」
俊春がそうつづけるのを、かれの背をみながらきく。
「借り物の「兼定」に傷をつけるわけにはまいりませぬ。そして、あなたの得物を折りたくなかったからです」
えっ?
半次郎ちゃんの「兼定」を折りたくなかった?
いくら「兼定」どうしの激突で、俊春のもつ「兼定」のほうがまだあたらしい、っていうか、副長はほとんどつかっていない、いわゆる新古品状態であるといっても、半次郎ちゃんの「兼定」を折ることはムリであろう。
「こんた、ますますたまがった。まさか、見破られちょったとは・・・・・・」
半次郎ちゃんの表情が、驚きからうれしそうなものへと変化した。
「あきらかに、わかり申す。刀自身のもつ気、それ以上にあなたの気が、あきらかにちがいますゆえ」
「こんた、めった。おはんの推察どおりじゃ。「兼定」は、修復と研ぎにだしちょっ。こんた、昔、遣うちょった無銘ん剣じゃ。おいどんのていたらくを刀のせいにされとうなかったとじゃが、もはや、それ以前ん問題んようじゃなあ。おいどんの負けじゃ。これ以上、おはんの力をみせつけられれば、おいどんな立ち直れんほどに落ち込んやろう。まだ目標としてきばろうちゅう気力があっうちに、やめちょくっ」
半次郎ちゃんが、めずらしくいっぱいしゃべっている。
それは兎も角、かれはそういっきに告げてから、いさぎよく刀を鞘におさめた。
半次郎ちゃんの得物が「兼定」でないことを、俊春はすぐに見抜いたってわけだ。すごい観察眼である。
いや、刀と遣い手の気がちがうっていっていたか?
いったい、どうやって感じるんだろうか?
鈍感なおれには、とうてい感じられそうにない。
「そうだな。これだけ差があれば、愉しむどころかあらゆる意味で地獄に落とされそうだ」
永倉も、立ち上がりつつ「手柄山」を納刀する。
苦笑を、その無精髭面に浮かべつつ。
「そいやったら、永倉どん。つぎは、おはんとおいどんとでやりもんそ」
半次郎ちゃんが永倉を振り返って提案すると、永倉はソッコー相貌を左右に振った。
「近藤さんに戒められていてな。示現流の初太刀ははずせ。それから、中村半次郎と遣り合うな、とな」
「謙遜しやんな。おはんのほうが、腕は上じゃて思うじゃ」
半次郎ちゃんがそうやり返すと、二人で同時に笑いだす。
「お愉しみはこれからでしたのに、残念ですね」
一方、俊春はちょっぴり残念そうである。
「じゃぁ、おれが」
心のなかで名乗りをあげようとした瞬間、かれがこちらを振り向いた。
「ありがとう、主計。だが、ドント・ウオーリーだ」
なんと、英語で拒否られてしまった。
まぁ、当然だな。
「こげんもんとは、たまがった」
「たいていは、そげんもんじゃなかんに尾ひれがつっもとじゃが、まったく逆で噂は過少に評しすぎるようじゃ」
黒田と有馬が、こちらにちかづいてきた。
「だろう?だが、こんなものではないぞ」
そして、副長も相棒をともなってやってきた。しかも、まるで自分がすごかったかのように鼻高々で、ピノキオ状態になっている。
「西郷さぁが、あいらをひきいれたがっちょっ気持ちがようわかった」
「おい、清隆。いらんこっをいうとじゃなか」
黒田は悪気がなかったのであろう。まったく悪びれずにいったところを、すぐに有馬がダメだしをする。
「かまわねぇよ。こいつらのことは、みなが欲しているからな。よくわかっている」
なにゆえか副長は、ますます鼻高々になっている。
幼少のころから野球やサッカーやゴルフを大枚叩いてやらせ、英才教育で育てあげたわが子。そのわが子が、プロ球団やらサッカーチームやらに引っ張りだこになっているようなものである。
もっとも、副長はかれらにびた一文投資をしていない。それどころか、逆にしてもらっているのであるが。
俊春は、副長のそんなエラソーな態度にとくに気を悪くした様子もない。
かれはいつものように、左腰から「兼定」を鞘ごと抜きとると、眼前にかかげて瞼を閉じ、なにやらつぶやいてから副長にちかづいた。
「どうであった?」
「じつにあつかいやすい得物でございます。副長も、ぜひとも愉しんでみてください」
ナイス俊春。もっと嫌味をぶちかましてやれ。




