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「狂い犬」の師匠

 その神速の突きも、さらなる奇術を誘引しただけである。つぎに目の当たりのしたのは、突きが不発におわった「兼定」の峰の上に、俊春が立っているところである。


 俊春は永倉とおれの刀上からそのまま空中に飛び、空中そこで前方宙返りしてから空を切った「兼定」の峰の上に着地したのである。もちろん、それも一瞬のことである。すぐにその姿は、「兼定」の峰の上から消えた。呆然としているおれたちの頭上を、かれは華麗に舞う。って視覚したときには、まだ後方で構えている有馬と黒田の方へと空中から迫っている。


 これはもはやアメージングを超え、みなかったことにしたいレベルである。


 俊春は、たしかに剣先をつまみ、その上に倒立した。が、自分の剣先がつままれた感触も、倒立した際の重みもまったくなかった。が、得物をぴくりとも動かすことができなかった。驚きすぎて唖然としていたことを省いても、得物どころか眼球以外のどこも動かなかった。いや、動かすことができなかった。


 視線を、永倉と半次郎ちゃんへとはしらせる。永倉は、ある意味慣れている。であるがゆえに、すでにつぎの攻撃へ気持ちをきりかえている。かれの視線は、俊春をじっと追っている。 


 が、半次郎ちゃんは慣れていない。かれは、突きを放ったままの姿勢で、呆然と自分の「兼定」をみつめている。


 まぁいまのはすべて、100%フィクションの世界である。はじめてお目にかかったであろう創作の世界に、半次郎ちゃんが茫然自失になるのは当然のことかもしれない。


「なんてことやろうか。いまんな夢をみていたんか?」

「じゃとすりゃ、悪夢にちげあいもはんね」


 さすがは西郷の腹心の部下たちある。有馬も黒田も、俊春の非常識な業をみても苦笑している。


「どうだ、すごかろう。これが、「狂い犬」の力の一部だ」


 そして副長は、まるで俊春の師匠のごとくエラソーにふるまっている。


 思わず、永倉と相貌かおをみあわせて笑ってしまった。


「ええい!ままじゃっ」


 黒田は叫ぶなり、とんぼの構えからおおきく踏み込んだ。


 すごい。右脚の踏み込みで、大量の砂が巻き起こったではないか。


 おれだったら、かれの示現流の初太刀にびびってしまったであろう。一歩も動けぬまま頭のてっぺんにまともにい喰らい、頭蓋骨をかち割られるか、運がよければ頭の一部をそがれて砂の上に脳漿をまき散らすであろう。


 ってか、どっちにしても死んでしまう運命にはちがいない。


 おれとはちがい、俊春がビビるわけもなく・・・・・・。

 黒田が刀を振り下ろす腕がのびきらないうちに、その懐に入っている。そして俊春は、まるで相貌かおにまとわりつく蠅をおい払うかのように、右掌を左から右へと軽く払った。すさまじい勢いで振り下ろされてきた刀身は、俊春の右掌の軽い振りによっておおきくぶれた。いや、刀身だけではない。得物をあやつる黒田ごとぶれた。


 刹那、軌道のずれた黒田の得物と、そのうしろからこっそり斬りかかってきている有馬の刀が接触した。

 有馬は、黒田に隠れるようにして間合いを詰めると同時に、下方から斬り上げてきていたのである。


『キンッ!』


 金属同士がぶちあたる身の毛のよだつ音が、耳を思いっきりぶつ。


 いまのは、俊春がわざと掌ではらい、黒田の得物と有馬の得物それが接触するよう計算しておこなったにちがいない。


 右掌をはらうとたまたま振り下ろされてきた刀にあたり、斬り上げられてきているちがう刀に偶然にもぶちあたったという、宝くじ的な奇蹟ではあるまい。


 たぶん、そうなんだろう。

 残念ながら、レベルが高すぎる。ゆえに、そう推測するしかない。


 おれの場合なら、偶然か奇蹟に値するのであろうが、俊春にかぎってはそんなことはない。

 黒田と有馬の動きをよみ、緻密に計算した結果なのだ。


「ははは!ざまぁないな、ええっ?まだ抜いちゃいないんだぞ。もうやめておくか?」


 俊春を想像上の弟子としている副長が、またもや茶々を入れてきた。


「なんか、腹も立たなくなってきた」

「そうですよね。副長ですから、なにをいってもスルーできます」


 再度、永倉と相貌かおをみあわせてしまう。


あれ(・・)は放っておいて、いかがする?まだつづけるのなら、付き合うが。たしかに、刀を抜くまでもなくやられっぱなしってのも、剣術が面白いって以前の問題だしな」


 永倉がそう尋ねたのは、半次郎ちゃんにたいしてである。


「京で遣り合うたとき、力をだしちょらんじゃったちゅうわけじゃなあ」


 半次郎ちゃんは、俊春の華奢な背を睨みつけたままつぶやく。問いというよりかは、自分にいいきかせている感じである。


 京で副長の暗殺に失敗したかれらは、外部委託した。つまり、河上玄斎やその他大勢を雇ったのである。が、かれらも失敗した。そして、最終的には、俊春の養子の松吉や新撰組うちの子どもたちを拉致し、俊春と副長を誘いだしたのである。


 俊春は、「幕末四大人斬り」と称される半次郎ちゃんと河上の二人を相手にし、まったくひけをとらなかった。いや、完璧までに翻弄しまくった。


「おそらくな。あんたは、餓鬼どもに掌をだすようなことはしなかった。それに敬意を表したんだろうよ。あいつは、そういうやつだ」

「そいやったら、おいどんも愉しみもんそ」


 半次郎ちゃんは右掌に握る愛刀を肩にかつぎつつ、こちらへ向いた。

 その斜視気味の相貌かおには、超絶さわやかな笑みが浮かんでいる。


 なにかがふっきれたのであろうか。それとも、やけっぱちになっているのであろうか。


 兎に角、いままでのかれとは、なにかがちがっている気がするのはたしかである。

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