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やっぱり愉しくやらないとね

 黒田の愛刀は、「源清磨みなもときよまろ」だったはず。


 源清磨は、江戸時代後期に活躍した刀工である。刀工である上に、清磨自身も剣をかなり遣ったという。


 とんぼに構えているかれの得物が、「清磨」かどうかは正直わからない。黒田が「清磨それ」をいつごろから所持していたか、しらないからである。もしかすると、これよりもっと後になんらかの褒賞で下されるのか、あるいはだれかから入手するのかもしれない。


 視線を、副長とその脚許でお座りしている相棒へ向ける。

 おんなじ雰囲気を醸しだしつつ、俊春とおれたちを交互にみている。


 永倉をみる。


 かれは、「手柄山」を正眼に構えている。あいかわらず、ほれぼれするほどきれいな構えである。これだけ癖がなく、静かに堂々と構えることのできる剣士はそうはいない。


 この時代にきてからおおくの剣士の構えをみてきたが、永倉ほどの構えをするのは、双子くらいじゃないだろうか。


 そして、あとはこの時代の人間ひとではないが、親父くらいかもしれない。


「主計、かような表情かおをするな。どうせ、ぽちにかなうわけはないのだ。それならば、この面子で剣術を愉しもうって思わぬか?敵の最強の剣士たちと協力して戦えるのだ。かような機会は、もう二度とめぐってこぬであろう。ここに立って剣をふるえることじたいが、剣の道のなかで、否、人生のなかで素晴らしいことだと、おれは思うがな。さきほどぽちが申した『たまに殺される』ではないが、かようなことを斎藤がしったら、悔し泣きするにきまっている」


 永倉は、おれの視線を感じたのであろう。

 かれは正眼に構えたまま、視線だけ俊春に向け、静かにゆっくりいった。それはおれだけではなく、薩摩勢や副長と相棒にもきこえたであろう。俊春も、きこえはしないが永倉の口の形をよんだにちがいない。

 

 いいや。永倉は、俊春も口の形でわかるようにわざとゆっくり言葉をつむいだのである。


「あいつらは、剣術は愉しいものだのと思いださせてくれた。いつの時分ころからか、おれにとって剣術それは厳しくつらいものになっていた。そして最近は、自身が生き残るために、相手を傷つけたり殺ったりするための手段になりさがっている。たしかに、そうだ。間違ってはいない。もともと剣術それは、敵や襲ってくる相手から、自身や周囲の者の身を護ったり、信じる主や仲間を護り助けるもの。しかし、それだけではない。おれはそれを、あいつらから学んだんだ」


 永倉が、そこまで剣術を想っているとは。そして、語るとは・・・・・・。

 かれのいう『あいつら」とは、双子のことにほかならない。


 そのかれの言葉を噛みしめながら、視線を眼前へと向ける。


 あいかわらず粗末な着物を尻端折りしたその恰好は、どこからどうみてもどこかの家の小者にしかみえない。

 そんな小者姿に、左腰の「兼定」は、ひかえめにいっても不釣り合いである。


 しかし、なにゆえかそうはみえない。

 俊春も俊冬も、あの恰好で「村正」や「関の孫六」を帯びようが、「兼定」や「之定」を帯びようが、じつに自然にみえる。


 まるで業物それが、かれらの体の一部であるかのように・・・・・・。


 俊春はいま、その場でぴょんぴょん飛び跳ねている。さっきのうしろへ飛びすさったときといい、いまといい、すごいジャンプ力である。かれにしてみれば、かたい地面であろうと砂地であろうと、さしてかわらぬにちがいない。


「永倉先生。おれも剣道、いえ、剣術をやりはじめたころ、すっごく愉しかったんです。親父にほめてもらえるのもあったんですけど。ですが、いつの間にか愉しくなくなっていました。どうやったら試合に勝てるのか、どうやったら相手から一本奪えるのか、そんなことばかりかんがえるようになってしまって・・・・・・。京の黒谷で、みんなで打ち合いましたよね。あれは、超絶愉しかったです。会津侯や桑名少将も参加されて、お二人も愉しそうでしたし。本来、『剣術ってこうあるべきなんだ』って、あのとき実感しました」


 会津本陣のあった黒谷で、沖田と俊春が試合をしたあのときのことである。その際、メインイベントの前座として、俊春相手に、佐川官兵衛をはじめとした会津の剣士たちと、永倉、斎藤、藤堂、島田、おれ、それからラスボスの副長。合計十一名で、俊春に挑んだのである。


 翻弄されまくった。もちろん、おれたちがである。しかも、俊春は目隠しをして、であった。

 結局、だれかさんの超絶汚いが炸裂した。例の胡椒爆弾である。それでも、まったくかなわなかった。

 それは兎も角、メインイベントの後、その場にいるほとんど全員でかかり稽古っぽいものをやった。会津侯や桑名少将も、飛び入り参加された。


 あのとき、みんな笑顔で木刀を振っていた。


「これはなにも、生命いのちをかけたり勝ち負けを競うわけではない。ましてや、あいつは敵ではない。はやい話がお遊びのようなものだ。ゆえに、あのときのように愉しくやる。いいな、主計?」

「はい、永倉先生」

「おーい!であれば、おれも・・・・・・」

「土方さんはいいんだよっ!」

「副長は遠慮してくださいっ!」


 副長がいいかけたところに、永倉と同時にダメだししてしまった。

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