おいしすぎるアイデアと副長の思いやり
「安心せー。薩摩兵児は、強か男子、つまり、おなじ薩摩兵児しか抱きもはん」
「ええええっ!」
いつの間にか半次郎ちゃんが横に立っていて、そうぼそりとつぶやかれてしまった。
よまれたばかりか、そんなことをいってくるなんて・・・・・・。
いろんな意味で、ショック大である。
「ひいいいいっ!超ウケる」
永倉は、砂の上にうずくまるほどウケている。
ってか、おれは、薩摩人からすればへたれなんだ。
「と、いうわけだ。ぽち、愉しんでくれ。一人をのぞいて、この面子だ。ちょっとは愉しめるであろう。一応、渡しておく。おまえの性質だ。指一本でいけるところでも、相手の矜持を傷つけるようなことは本意ではなかろう?」
副長は、おれのショックをよそにさっさと話しをまとめている。
口の形をおおきくして俊春にそう告げた後に、左腰から愛刀の「兼定」を鞘ごと抜いて俊春に差しだす。
なるほど・・・・・・。
副長は、俊春に気分転換をさせたいわけだ。半次郎ちゃんの本意に添い、それを利用して俊春を愉しませようと・・・・・・。
じつに、副長らしいアイデアじゃないか。
ってか、『一人をのぞいて、この面子』?
なるほど・・・・・・。
俊春は、副長の口許からおれたちへ視線を向ける。それから、じつにうれしそうな笑みを浮かべた。
「かようにうまい料理、喰らってよいのでしょうか?傲慢で自分勝手で日の本、否、この世のなかで一番くそったれの兄に、このことがしられでもすれば、わたしは殺されてしまうでしょう」
かれはおれたち全員に視線をはしらせてから、脚許でお座りしている相棒をみおろし、頭をなでた。それから副長に視線を戻し、ささやくように予言する。
「そりゃぁ大変だ」
「たしかに、大事だ」
「ってか、たしかにありえそうですね、それ」
副長と永倉とおれの言葉がかぶった。
「案ずるな。だれも告げぬであろうよ。すくなくとも、ここにいる面子で、この後たまに会うのは、おれと主計、それから兼定だけだ」
俊春は、副長の中途半端な気休めに素直にうなずく。
「あっ、たまというのは、あなた方が「眠り龍」と認識している、俊冬殿の二つ名です」
「気分屋で、手に負えぬにゃんこです」
薩摩勢へ補足説明をすると、俊春がさらに補足してきた。ってか、必要ないのに、俊冬がいないからといってしまくっている。
兄がいなくて力がでないはずなのに、悪口になるとパワー全開するらしい。
正直、ここでうまい料理を喰らうことより、兄貴にたいして悪口雑言のかぎりをつくしまくったことのほうが、殺害の動機になると思うのだが。
「では、遠慮なくお借りいたします」
「はやく借りちまえ、ぽち。土方さんがいらぬ気を起こすまえにな」
永倉のいうとおりである。副長には、ぜひとも立会人としてこの戦いを見守っていていただきたい。
永倉とおれの切なる願いのなか、俊春は副長から「兼定」を受け取った。
それから、かれはそれを眼前にかかげた。しばし瞼を閉じ、祈りか感謝かをつぶやいてから左腰に「兼定」を帯びる。
そして相棒に、副長のもとへゆくよう合図送ってから、うしろへ飛び退った。
たいしてバネをきかしたようにはみえなかった。
ただフツーに立っている姿勢からである。しかも脚場が砂という悪条件で、かれはゆうに7、8mはうしろへ飛んだのである。
これだけで圧倒されてしまう。
黒田が口笛をふいた。
「いまん、みたか?すげじゃなかと?」
かれは同意を求めるように、半次郎ちゃんと有馬を振り返る。が、二人ともマジな表情で、俊春をにらみつけている。
「あんなのは、ぽちにすればなんでもないことだ。半次郎ちゃんは身にしみてわかっているだろうが、あいつの強さは、あんたらが想像している以上、否、はるかかなたのものだ。それこそ、武神ってのがいるとすれば、まさしくそれだ。一人一人かかっていったところで、しょせん、糞の役にも立ちゃしない。おれと主計が囮になるから、あんたらはできるだけ間をおかずに攻めたててくれ」
永倉の提案は、意外にもすんなり受け入れられた。黒田あたりが、「おまえの申すことなど、きいてたまるか」的なことをいうかと思いきや、素直にうなずいている。
黒田もふくめ、三人とも永倉の力もまた、認めているにちがいない。
三人とも、わかっているんだ。
永倉もまた、すごい剣士だということを。
そして、おれたちはいっせいに腰から得物を抜き放った。
ちらりと薩摩勢に視線をはしらせる。
半次郎ちゃんの愛刀は、いわずとしれた「兼定」である。とんぼの構えは、さすがは「人斬り半次郎」って感じで堂々としたものである。
が、いかんせん、半次郎ちゃんって脳内変換されてしまって、構えの凄みも半減してしまっている。
マジで残念でならない。
有馬の愛刀は無銘であろうか。正眼に構えている。
有馬は、太刀流の分派である飛太刀流である。薩摩藩に伝わる剣術の一派で、たしか、小野郷右衛門という師範の高弟だったと記憶している。
かれは、抜刀術をもっとも得意とする。




