副長のとんでもないアイデア
「「人斬り半次郎」。軍服に身を包んで兵隊を指揮していても、人斬りとしての本質はかわらないってわけか?勝負がしたいなら、はっきりいやぁいい。かような機会、これが最後かもしれないしな。群雄割拠の時代なら、一騎打ちってのもあったであろうが、このご時世だ。そういうのははやらんだろう?」
「おいおい、土方さん。なに、けしかけているんだよ」
副長の驚くべき提案に、永倉があわてて止めに入った。とはいえ、永倉もマジでとめているわけではない。
なぜなら、自分だってやりたいんだろうから。
「そんたよか。そいやったや、おいどんもやってみよごたっねえ」
「きたなかど、清隆。おいどんでん、やろごたっとに」
副長のムチャぶりに反応したのは、半次郎ちゃんではなく、黒田と有馬である。
「こいつぁいい。まとめてかかっちまえ」
なんと、副長はさらにムチャぶりをいう。有馬も黒田も、驚いている。が、半次郎ちゃんは、斜視気味の双眸で、俊春を睨みつけているだけである。
「そうだ。新八、主計。おまえらも手を貸してやれ。なんなら、おれも・・・・・・」
「はぁ?」
「ええっ?」
さらにさらに、副長はムチャぶりのゴリ押しをしてくる。
永倉とともに、思わず叫んでしまった。
「土方さん、あんたはいい。おれたちの足手まといになるばかりか、恥をさらすだけだからな。理心流の恥になる。あの世にいる近藤さんに叱られるのは、おれたちだ」
「って、永倉先生。焦点がズレてませんか?味方を、敵といっしょに攻撃するって・・・・・・」
「まっこの面子でも、ぽちにかなうわけないであろうがな。それに、おれたちが加わったところで、役に立たぬであろう」
「いえ、永倉先生。ズレまくってますってば。役に立たないのはわかっています。永倉先生は兎も角、おれは・・・・・・。って、そんな意味じゃないですよ」
「敵とか味方とかねぇよ、主計。いま話してんのは、薩摩とか新撰組の話じゃねぇ。剣士としての話だ。そっちはどうだ、半次郎ちゃん?あいつの強さはわかってるだろう?たとえどんな流派であろうが、皆伝であろうが、五人やそこらが束になったところで、あいつは指一本であしらっちまう。否、指一本でもおおすぎるかもしれないな」
「めったな。じゃっどん、そんとおりかもしれもはんね。おいどんな、そん話にのっ。おもしろそうじゃ」
有馬がソッコーのってきた。そのわくわくした表情は、まさしく少年の表情である。
「もちろん、おいどんもやっ。あぁ、酒を呑んじょっても大丈夫じゃ。酒が入っちょっほうが、けって調子がよかとじゃ」
そして、黒田もまたのってきた。
ってか、酒がはいっているほうが調子がいいって、それはもはやアルコール中毒というのではないのか?
まさしく、会津の「鬼の官兵衛」こと、佐川官兵衛であろう。
かれもまた、どれだけ酔っていてもすさまじい剣技を披露するのである。
そして、半次郎ちゃんは・・・・・・。
無言のまま軍靴、それから靴下を脱ぎすて、有馬と黒田をおしのけ歩をすすめる。
どうやら、かれもノル気らしい。
「クレイジーなアイデアだが、おれにとっちゃぁ超絶グレイトだな」
そして、なにげに現代っ子バイリンガルの永倉は・・・・・・。
かれもまた軍靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ捨て、左腰の愛刀「手柄山」を起こすかのごとくその鞘を愛撫し、戦闘モードに切り替えている。
なんてことだ。いくらなんでも、レベルがたかすぎる。とはいえ、こんなチャンスはめったにない。ある意味、すごすぎる面子である。いっしょに舞台に立てるだけでも驚きなのに、戦えるなんて終末レベルの大事件だ。
自分の腕前のことも忘れ、軍靴と靴下を脱ぎ捨てていた。
「ぽちっ」
副長が掌をふって俊春の注意をひく。
「ぽち?「狂い犬」ちゅう名じゃなかんか?」
永倉とおれのほうに向かってきつつ、黒田がきいてきた。
「ええ。ぽちは、俊春殿の二つ名の一つなんです。「狂い犬」っていうほうがあなた方にはなじみ深いでしょうけど、新撰組の間では、ぽちでとおっています」
「よっちょったかっていじめたや、西郷さぁにがられそうじゃな」
黒田はアルコール臭を吐きだしつつ、大笑いしている。
たしかに、大の大人が五人で「ぽち」にかかっていくのは、事情をしらぬ人には『いたいけな犬』の虐待にとられて然るべきであろう。
わんちゃん派最高峰に鎮座する西郷にとっては、薩摩藩全軍総力をあげてでも懲らしめのために殲滅したくなる事案にちがいない。
「勝手に話をまとめちまったが、だれもがおまえとやりたがっている。あぁ無論、主計の大好きなことじゃねぇ。剣術だ」
「ちょっ・・・・・・。副長、誤解を招くようないい方はやめてください」
おれの大好きな、もとい、大尊敬する伊庭だけでなく、薩摩の間で「相馬主計は変な奴」、あるいは「そっち系らしい」って、噂になったら大変だ。しかも、いまだに衆道文化まっ盛りの薩摩である。おれみたいないたいけな男子は、かっこうの獲物になるだろう。
それこそ、貞操を奪われ、傷物にされてしまい・・・・・・。
そんなことになったら、おれはもうお婿にいけないだろう。
それから、伊庭にあわせる相貌もなくなってしまう。




