努力する人、努力した気になってる人、努力する気もない人
努力型で、それが着実に力になる人がうらやましい。
とはいえ、おれ自身は、かれらほど努力をしているわけではない。そのわりには、やった分だけ力になっていないのを、一丁前に悲観している。一生懸命頑張っているのに強くなれない。ぶっちゃけ、『それだったら、もうやめてテキトーに現状維持すればいい』ってやつである。
「新八、ならばおれといっしょだな」
永倉のつぶやきに、ドヤ顔で同意する副長。
「あいつらをみていると、おれのすべてがなんだったんだろうって、つくづく思いしらされちまう」
そして、副長の言葉を完璧なまでにスルーする永倉。
かれのいう『あいつら』というのは、双子のことにほかならないであろう。
まさか、おれと相棒ってことはないであろうから。
「永倉先生、かれらと比較する必要はありませんよ。永倉先生も、たいがいですからね。それにしても、かれら、いえ、とくにぽちは、なにゆえあそこまでする必要があるのか、不可思議でなりません」
「まだまだって思ってるんだろうよ。世のなかはひろい。もっと強いやつがいるはずだ。もっとも、強いやつは身近にもいるからな。焦っちまうのもわかる気がするってもんだ」
副長が、自分を指差しつつなんかいってるみたいだ。
永倉とともに、きこえないふりに徹する。
そのタイミングで、相棒が尻尾を振りはじめた。ゆえに、その『ぶんぶん』という空気を斬り裂く音で、よくきこえなかったってことにしておくとしよう。
俊春が、海上にあらわれた。浅瀬をあるいてくる。褌一丁のかれの体は、月と星の光の下、傷だらけなのがよくわかる。
そのほとんどが銃創である。
『みたことがないほどきれいな銃創』
名医として名高い松本法眼の言葉を思いだしてしまった。
そういわれてみれば、たしかにどの古傷もきれいなものである。もっとも、おれはこの時代の銃創をじっくり観察をしたことはない。ゆえに、あれがきれいなのかどうか比較しようもない。しかし、松本法眼はちがう。かれは、この時代のそれをみ、よくしっている。
なにせ、おおくの患者の銃創を治療をしているのだから。
そのかれがいうのである。間違いないだろう。
松本曰く、子どものときに負った銃創らしい。
その診立てもまた、間違いないはず。だとすれば、傷のきれいさ以前に、双子はいったいあれだけの銃創をどこで負ったのであろうか?
かんがえたところで、答えがみつかるわけもないのはわかっている。
それでも、かれらのことが気になってしまう。
くどすぎるかもしれないが、もちろんBL的な意味ではない。
西郷は寝所にひきとって休んでいるが、ほかの面子はまだ屋敷で呑んでいる。
とはいえ、薩摩も新撰組も激務の合間の密会である。いまごろ、呑みながら落ちている者もいるかもしれない。
副長と永倉、それからおれと相棒は、俊春が海に潜るというので、抜けてきたわけである。
副長と永倉は、昨夜、俊春を精神的に追い詰めたことを気に病んでいるにちがいない。
相棒が波打ち際まで駆けてゆき、かれをでむかえている。
レトリーバー系ではないので、命令がないかぎり自分から海に入ったりということはない。いまも、波が脚にかかるギリのところで立ち止まっている。
俊春は、おれたちに気がついたようだ。相棒の頭をなで、砂浜から粗末な着物と手拭いをピックアップし、体を拭きながらこちらへあるいてくる。
どうやらかれは、兄貴がいなくて力がでないことはあっても、水に濡れるのは大丈夫らしい。そこは、『アン〇ンマン』と異なるようだ。
「かように細い体躯で、よくもあれだけの力をだせるもんだ」
永倉がまたつぶやく。だれだって、思うだろう。
「たまもそうですけど、あの膂力はどこからでるんでしょうね?」
「ふんっ!おれとおなじで、火事場の馬鹿力ってやつだろう」
おれの問いに副長が答えてくれたっぽいが、永倉のリアクションがないのでおれもそれにならうことにする。
「かようなみっともない恰好で申し訳ございませぬ」
おれたちのまえにくると、かれは頭を下げた。手拭いをしぼると、水滴が落ちて砂にシミをつくる。かれの体から、まだ水滴がしたたっている。相棒が、砂をまき散らせながらその脚許で飛び跳ねている。
「どれだけ潜っていた?」
「このあたりは、深くありませぬゆえ。素潜りで沖まで往復いたしました。ときにすれば、四半ときもありますまい」
副長の問いに、かれは25mプールを犬かきでターンしてきた的にさらっと答える。
なんてこった。名作『グラ〇・ブルー』も真っ蒼だ。
「海の水はつめたいか?」
「さほどでもございません」
つづいて、永倉が尋ねた。
なんだろう。副長にしろ永倉にしろ、どうでもいいような問いばかりである。
副長と永倉が同時に立ち上がったので、おれもそれにならった。
「あの・・・・・・。なにか?」
あまりにも熱心にみつめられ、俊春は困惑している。相貌が赤くなっているのは、気のせいではないはず。
「主計、いやらしい瞳でみるんじゃねぇよ」
「はぁ?だれがそんな瞳でみているんですか、副長っ」
副長のあまりにも理不尽ないいがかりに、思わず大声をだしてしまった。おれのいまの怒鳴り声は、海風にのって蔵屋敷まで流れていったかもしれない。
あ、いや。たしかに、みていた。それは否定できない。だが、そんないやらしい意味ではない。
ただたんに、銃創のことを・・・・・・。




