西郷さんとゆかいな仲間たち
今後、黒田とは蝦夷や宮古湾で戦うことになるのである。
絶対に負けられない。
こうなったら、素面のときのかれと、どちらが最強か勝負をしなけれはわならない。
どっちが「おもろい」か。どっちが最高のボケをかませられるか?
いや、まてよ。おれは、どっちかというとツッコミ役だ。ボケ役じゃないはず。だったら、勝負というよりかはコンビを組むほうがいいのか?
そうなると、おれは味方を裏切ることになるのか?それとも、かれに寝返ってもらうべきか?
相棒と視線があった。
「フフフフフンッ!」
いつにもまして、盛大な鼻鳴らしを喰らわされてしまった。
そんなおれのムダな敵愾心は、この際だからおいておこう。
俊春も相棒も、すぐちかくで大口開けてアルコール臭を吐きだされているものだから、めっちゃ相貌をしかめている。
意識しているわけではないが、その様子をガン見してしまう。
衝撃的である。
二人の眉間に皺をよせている表情が、めっちゃそっくりではないか。
これは、いつもとは反対のパターンである。
いつもは、相棒が副長なり俊冬に似ているって思うパターンであるが、いまは俊春が相棒に似ているパターンである。
いくら「狂い犬」と「ぽち」という二つ名をもち、俊春自身犬宣言しているからといって、人間が犬に似るか?
いや、なくもないか。ブルドッグやチワワやボルゾイやパグやチャウチャウやマルチーズといった犬種の飼い主が、ブルドッグやチワワやボルゾイやパグやチャウチャウやマルチーズっぽくみえることがある。それどころか、それ以外はみえようがないってことがある。
公園や路上をあるいている飼い主とその飼い犬が、どっからどうみてもクリソツだってことはあるあるだ。
それは兎も角、いまの俊春は、ときおりみえるファンタジー系の狼ともちがう。いまのパターンは、これからさき俊冬にも感じることがあるだろうか。
いきなり、俊春にそう感じるというのもビミョーである。
もしかして、いままではあまり意識しておらず、気がつかなかっただけかもしれない。
「かっこよか犬じゃなあ。ほれぼれすっ。一杯呑もうじゃあいもはんか」
機嫌のいい声ではっとした。
なんと、黒田は相棒に酒をすすめはじめたではないか。
ここまでくると、黒田はガチに酔っているのか、それとも、もともとこういうイタイ性格なのか、判断できない。
「清隆どん。えーころかげんにしやんせ。犬に酒をやっなどとは許しもはんじゃ。そいよりも、はよあがりやんせ。客人に無礼やろう」
西郷がきつく怒鳴った。この夜、かれがマジに怒りをあらわしたのは、これがはじめてである。しかも、犬のことで怒っている。
さすがは、愛犬家と名高い西郷である。
ってか、怒るところがちがわなくね?
もしかすると、西郷一派も『こんなん』であろうか。
では、大久保は?大久保も『こんなん』なのであろうか。
京でちらっとみかけた際には、真面目な管理職っぽい雰囲気であったが、じつは『こんなん』系なのであろうか。
「西郷さぁんいうとおりじゃ。おはんな、酒を呑んとやっせんぼじゃ。すこしは、控えやんせ」
そして、篠原がここぞとばかりにディスる。とはいえ、馬鹿な弟を諫めるような、そんなやさしさも感じられる。
「そげんせからしゅうよかやんな。酒を呑まんな、やっていられんど」
黒田はすねたようにいいつつ、別府の肩をたたいてうながすと、いっしょにあるいてき、縁側にあがった。
「薩摩藩士黒田清隆でごわす」
「おなじく、別府晋介でごわす。半次郎ちゃんが、お世話になっちょります」
二人は部屋に入ってすぐ、半次郎ちゃんの横に並び座ると、こちらへきっちり頭を下げて名のった。
ってか、別府も「おもろ」すぎる。
「晋介ーっ!えーころかげんにせーといっちょっやろう」
もはや、半次郎ちゃんに「幕末四大人斬り」の筆頭としての面影はみられない。
かれは腕をのばすと、黒田越しに別府の肩を掌ではった。
「やったら、半次郎ちゃんもおいどんを昔んごつ晋ちゃんって呼べばよかじゃなかと」
いや、別府よ。そんな問題じゃないだろう?
心のなかでツッコんでおく。
それにしても、『半次郎ちゃん』に『晋ちゃん』か・・・・・・。
子どもの時分から、誠に仲がいいんだ。
その呼び方論争は兎も角、黒田と別府に、おれたちも名のった。
黒田との距離がちかくになると、よりいっそうアルコールのにおいが増している。
いったい、どんだけ呑んでるんだ?
かれ自身は、明治三十三年(1900年)に脳出血で死ぬ。その脳出血が飲酒がたたってのことかどうかはわからないが、すくなくともここ数年で酒におぼれ、それがために転落人生をあゆみ、自殺とか依存とか、肝臓の病気とかで死ぬわけではない。
ちなみに、晩年のかれは、同郷の者からも愛想をつかされてしまう。この幕末時期に敵である榎本武揚と親しくまじわりつづけ、かれが死ぬと、その葬儀委員長を榎本がつとめる。皮肉な話である。
「なっ・・・・・・。いったい、いつん話をしちょっど?晋ちゃん、じゃって?そげん呼び方しきっわけがなかじゃろう」
黒田のさみしい将来を憂いていたが、半次郎ちゃんの怒鳴り声で現実に引き戻された。
いまの怒鳴り声のなかで、『晋ちゃん』っていうところだけ、はずかしげに小声にしていたところが、めっちゃかわいい。
もうこれで、おれのなかから「幕末四大人斬り」の筆頭「人斬り半次郎」は完璧なまでに消え去った。
なんか、複雑な気分だ。




