呑兵衛 黒田清隆
「半次郎ちゃん、許したもんせ。じゃっどん、久しぶりなんや。じゃっで、うれしゅうてならんど、半次郎ちゃん」
そして、まったくめげない別府。ここまできたら、もはやわざと連発して嫌がらせをしているんじゃないか?と勘繰ってしまう。
「えーころかげんにしやんせ、晋介。西郷さぁ、お久しぶりじゃ」
その別府の頭を平手ではたいたのは、あらわれたもう一人である。
この男のことも、おれはよくしっている。
士官服をまとったその体つきは、ずいぶんとがっちりしている。後世に残っている写真は、口髭に顎髭、揉み上げのものと、きれいさっぱり断髪したときのものであるが、いまはそのどちらでもない。とはいえ、相貌の下半分は、くっきりはっきりと無精髭でおおわれている。太い眉も、写真のまんまである。イケメンというほどではないが、ソース顔が好みの女性には、ぴったりであろう。
軍服の第二ボタンまであけられていて、袖口もボタンをとめずにひらいている。
真っ赤な相貌は、これもやはり後世に伝わっている酒好きを顕著にあらわしている。なにより、アルコールの強いにおいが、5、6mはなれている室内にまで漂ってきている。
これぞ薩摩藩の重鎮にして、明治期には内閣総理大臣を務めることになる黒田清隆である。
そして、かれはある意味では、新撰組と深くかかわりあうことになる人物である。
それにしても、黒田は北陸道鎮撫総督高倉永祜の参謀として、北陸方面に進軍しているはずではないのか?
ちなみに、高倉永祜とは、公卿である。かれはたしか、この戦いがおわるまでに病没するはずである。アラサーくらいの年齢だと記憶している。
それは兎も角、黒田は武人、軍人、政治家として、そこそこできる人物である。剣士としては、示現流の皆伝であり、砲手としても皆伝を授けられている。
が、酒癖は悪い。しかも、超絶である。会津の「鬼の官兵衛」こと、佐川官兵衛とおなじである。
佐川同様、かれにも酒に関する逸話がある。
明治期、酒に酔って大砲を誤射したり、長州藩士の井上馨の屋敷に忍び込んだり、自分の妻を斬殺するという嫌疑をかけられたりもする。きわめつけは、酒席で大暴れし、桂小五郎あらため、木戸孝允に取り押さえられた上に簀巻きにされ、自宅に送り返されるという。
酒の失態は、佐川同様枚挙に暇はないようだ。
いまも、これだけの距離を置いているにもかかわらず、相当酒をすごしたにちがいない。ぷんぷんにおってくる。
「黒田清隆。これから、かれと何度か戦うことになります」
鉢を集めるふりをし、副長ににじりよってその右耳にささやく。
「ほう・・・・・・」
副長のイケてる双眸が、細められた。
「清隆どん、元気そうじゃなあ。また、酒を呑んじょるんと」
西郷が苦笑しているのをみると、いつもこんな調子なのかもしれない。
「呑まんではいらるっと。公卿と長州相手に、素面など耐えられもはん」
黒田は、がははと笑う。
声がでかい。大砲の撃ちすぎで、耳が悪いんだろう。
「おうっ、けつが半次郎ちゃんに噛みちたちゅう、狼んごたっ犬じゃしか?」
そして、そこでやっと、すぐ側にお座りしている相棒に気がついたらしい。おおげさに両腕をひろげつつ、俊春と相棒のまえに両膝を折った。
「清隆っ、半次郎ちゃんって呼ぶんじゃなかっ!そいに、噛まれておいもはん」
気の毒に。半次郎ちゃんの連鎖は、半次郎ちゃんを奈落の底に突き飛ばしたも同然のようである。
みな、うつむいて笑っている。有馬や別府、野村などは、もはやそれを隠そうともしない。
「よしよし、よか子や。よかね面構えじゃなあ。まるで、薩摩兵児んようじゃ。半次郎ちゃんの得物と、いっしょん名前らしいなあ」
黒田は両掌を伸ばすと、頭をごしごしなではじめた。
なんと・・・・・・。
「あの、黒田先生。あいにくでございますが、おなじ犬でもわたしは「狂い犬」でございます。兼定は、こちらです。それに、以前先生とはすれちがったことがございます」
黒田は、相棒ではなく俊春の頭をなでている。
かわいそうに。俊春は、めっちゃ困惑している。
それにしても、俊春と俊冬は、黒田とも面識があるということか。
「おもしてすぎるじゃなかと。笑いがとまりもはん」
「超ウケる」
有馬と野村は、畳をバンバン叩きながら笑っているし、別府も黒田のうしろで上半身を折って笑っている。
「呑みすぎじゃ、清隆。人間と犬もわからんぐれに呑んなどと、どげん料簡じゃしか」
篠原は、眉間に皺をよせている。
幕末の「プレ〇リー」こと村田と半次郎ちゃんは、『またか』っていうようにニヤニヤ笑っている。
新撰組もみんな、笑っている。
俊春の返しもなかなかナイスだった。
「あ?どうりで、犬にしては毛がなかねて思うた。まことじゃ。ようみれば、「狂い犬」じゃなかと?やったら、犬にかわりはあいもはんよね」
「はい。犬でございます」
黒田は、大声でボケまくってから、またしてもガハハと大声で笑う。
一方、俊春は気を悪くした風でもなく、神対応するところがさすがである。
黒田清隆・・・・・・。
酒を呑めば、最強のボケをかましてくれるようだ。
これは、あらゆる意味で油断のならぬ男があらわれたものである。




