それはできるのか?
「介錯じゃらせん。斬首じゃ。おいどんには、ぜってに無理じゃ。たて西郷さぁん命であったとしてん、おいどんにはできもはん」
半次郎ちゃんは、有馬と視線をあわせているだけで答えようとしない。いいや。答えがわからないのか、あるいは答えたくないのかもしれない。
ゆえに、有馬は自答した。
「おいどんやったや、西郷さぁに命じられればやっやろう。そん上で、腹を斬っなり、西郷さぁにそげんこっをさせたやつとさしちげる」
幕末の「プレ〇リー」こと村田である。
かれはきっぱりといいきり、両肩をすくめる。
そういえば、かれは風琴など音楽を好み、美術を愛していたという。それ以外にも、和歌や漢詩にも造詣がある。
さすがは、幕末の「プレ〇リー」である。
しかも西南戦争で、シルクハットにフロックコート姿で戦うというから驚きである。もちろん、いまは軍服だが。
かれはもまた、西郷の死後に自決するのである。
当然のことながら、かれの死因はドーナツの喰いすぎではない。
もっとも、本物の「プレ〇リー」の死因は処方された薬の過剰摂取だったらしい。それを、ドーナツの喰いすぎだとかドラッグのやりすぎとか、都市伝説化してしまっている。
おれはまだ生まれてなかったし、「プレ〇リー」のようなスタイルじたいが流行っていなかったので、フーンとしか感じなかったものであるが、かれが偉大なる歌手であったのは間違いない。
ってか、すくなくとも本物が死ぬのは、いまから約百年後のこと。
まったくもって、どうでもいい話である。
「おいどんな・・・・・・。おいどんな、なにがなんでん西郷さぁを護り抜っ。斬首などせんよう、どげんこっでもして、護っ」
幕末の「プレ〇リー」こと村田から遅れること数分。半次郎ちゃんがようやく答えた。自分のまえにある湯呑みをじっとみつめたまま、かれはさほどおおきくもない声量で答えた。
それはじつにかれらしい答えだと、納得してしまった。
おれたちとまったくおなじかんがえである。
あれほど怖ろしかった「人斬り」だったのに、いまは親近感すら覚えてしまう。
もっとも、半次郎ちゃんと呼ばれていることをしって以来、めっちゃかわいいとしか思えないのであるが。
それは兎も角、おれたちは局長を護りきれなかった。そして、史実どおりにゆけば、半次郎ちゃんもまた西郷を護り抜くことはできない。
西南戦争中、西郷は敵である明治政府にとっ捕まって斬首、という悲惨すぎる末路をたどることはない。しかし、激戦のさなかほぼ斬首にちかい形で頸を打たれるのである。切腹の上での介錯ともいわれているが、検死の結果、西郷は切腹をしていなかったらしい。
西郷の頸を打つのは、皮肉にも半次郎ちゃんの従弟である別府晋介である。
半次郎ちゃんと別府は、従兄弟同士であるが兄弟以上に仲がいいらしい。
半次郎ちゃんは「半次郎ちゃん」と呼ばせるほど別府をかわいがっているし、別府は半次郎ちゃんをめっちゃ慕っている。
おれは、西郷の最期をしっている。ゆえに、この話題を身につまされる思いできいている。
副長が、おれをみていることに気がついた。
西郷の死は、副長に話をしている。もちろん、あらまし程度であるが。
「おいおい。すくなくとも、いまのあんたらは有利な立場にある。それを、斬首の話たぁいただけないな。しかも西郷さんは、あんたらにとってある意味島津のお殿様より大切な男ではないのか?それを、斬首などと申すものではなかろう」
「土方さぁ、申し訳あいもはん」
副長が冗談めかして諫めた。いくらなんでも、当人を目のまえにしてする話題ではない。
が、それにすぐに謝罪したのは、その話題の当人であった。
西郷は、またもやおおきな頭を下げた。
どうやらかれは、斬首などという不吉きわまりないことをいわれても、気にしていないようだ。
すくなくとも、気にしているふうにはみえない。
「おはんらも、えーころかげんにやめやんせ。そげん話は、お客人にてして無礼じゃ」
西郷は、半次郎ちゃんと有馬と幕末の「プレ〇リー」こと村田を順番にみてゆく。その表情には、できの悪い息子をみるような苦笑が浮かんでいる。
「じゃっどん、おはんらん気持ちはようわかった」
まさか、いまこのときの話を覚えていて、西郷は別府に頸を打つよう命じるのか?
じつは、有馬は西郷側につこうとするが、いろんなことに邪魔をされ、結局それはかなわない。かれは、戦そのものに参加できないのである。が、半次郎ちゃんと幕末の「プレ〇リー」こと村田は、西郷のすぐちかくとまではいかなくても、呼ばれれば駆けつけられる程度にはちかくにいる。
西郷は、さきほどの会話でかれらの本心をしった。ゆえに、ここにはいない別府に頸を斬るよう命じるのであろうか。
もっとも、別府が一番ちかくにいるということもあるのだろうけど。
そんな未来のことに思いをはせている間に、西郷は、副長と視線をあわせてから口をひらいていた。
「こげんこっをおはんらに申してん仕方んなかことじゃっどん、おいどんらの敵は幕府だけじゃらせん」
一瞬、西郷の視線が副長の視線からそれ、天井あたりをさまよった。
かれは、つづけるか否かを迷っているようだ。
 




