どうしてもアレが気になります
「西郷さん。失礼ながら、敵であるはずの近藤に、そこまで配慮してくれたってことが不思議でならないのだが・・・・・・」
副長は、疑問をストレートに投げつけた。
どちらからともなく、胡坐に戻している。
そういえば、西郷は遠島の際に象皮病を患っている。その病は、死ぬまでかれを悩ませると後世に伝わっている。
象皮病とは、寄生虫による病気である。感染すると皮膚が腫れあがり、その皮膚が象のようにざらざらになってしまう。かれは、その病によって睾丸が腫れあがったという。西南戦争時には、それはバスケットボールよりもおおきくなってしまうらしい。それだけ腫れあがれば、馬に乗ることもできない。ゆえに、かれは駕籠で移動するらしい。
西郷は、マジな表情で副長と話をしている。そのかれのあそこに、そっと視線をはしらせてしまう。
だって、そのことをしっているだけに、ムダに気になってしまうんだもの。
が、かれは着物である。わかるわけもない、か。これがズボンであったら、わかったかもしれない。
いや、おれよ。いったい、なにいっているんだ?他人のアレのおおきさのチェックをしている場合か?
いずれにしても、いまはまだそこまで肥大はしていないはず。
もっとも、その病に関係なく、西郷のアレはおおきかったらしい。
って、おれよ。いいかげんにアレのおおきさからはなれるんだ。
「それに、かように招き招かれてるってことも、一つ間違えば裏切りってやつになるのではないか?」
おれが西郷のアレについていろいろ考察している間に、副長はさらに言及している。
「たしかに、おはんのゆうとおりじゃ。じゃっどん、敵であろうと味方であろうと、非があれば詫び、してくれたことにてしては感謝ん念を伝えよごたっ。ただそれだけんこっじゃ」
西郷の主張は、なんとなくわかる気がする。
「近藤さぁと、京で一度でも一献かわせんかったのが残念でなりもはん。もっとも、おいどんな下戸じゃっどん」
西郷は、そういってから快活に笑う。
「じゃっどん、そんたそいでよりいっそうつれ思いをすっことになったんかもしれもはんね」
それから、しんみり付け足す。
表面上、薩摩藩と新撰組は、戦がはじまるまでは敵ではなかった。もちろん、誠の意味での味方というわけでもなかったが。
が、水面下のレベルでは兎も角、薩摩藩と新撰組が、体裁だけでも親交があれば、局長と西郷はいい友人同士になれたのであろうか。
そうすれば、副長だってさんざん付け狙われずにすんだのであろうか?
そのとき、半次郎ちゃんがなにかいいたそうに、副長と西郷を交互にみていることに気がついた。斜視気味の双眸は灯火の光を帯び、どこかおどおどしているようにみえないでもない。
「申し訳あいもはん。西郷さぁ、おいどんな幾度か土方どんを襲うた・・・・・・」
ややあって、消え入りそうな声で告白する半次郎ちゃん。それは、告白された西郷だけでなく、おれたちをも驚かせた。
副長を付け狙ったのは、半次郎ちゃんである。そのことを、おれたちはしっている。そのことを、西郷に報告している。
西郷が指示したのではなかったのか?
「襲うた?まさか、正助どんの命で?なんてことやろう・・・・・・」
正助とは、大久保利通の通称である。
「大久保さぁは、危惧しちょった。『いかなっ道をゆこうと、そいをはばんたぁ会津藩と、そん下におっ新撰組であろう』と。『かならずや、せごどんの脅威になっであろう』と。じゃっで、おいは従うた」
半次郎ちゃんは、しどろもどろに弁明する。
そういえば、京で対峙した際、半次郎ちゃんは、『西郷さぁは、暗殺など命じない』、というようなことをいっていたことを、なんとなく思いだした。
さらに思いだしたのは、岩倉邸からでてくる大久保をみかけたとき、半次郎ちゃんが同伴していた。
おれは、半次郎ちゃんが西郷を敬愛していることを承知している。あのとき、それをみて違和感を覚えたのである。違和感、というよりかは意外に思った。
ゆえに、西郷が半次郎ちゃんに命じ、大久保を探らせているのかとさえ妄想した。
それはただのおれの妄想にすぎず、大久保は西郷をだしに、半次郎ちゃんをうまく利用していたのかもしれない。
その真実は兎も角、副長への襲撃は、西郷からでた命令ではなかったのだ。
たしかに、こうして接してみると、西郷はそういう陰気な手段を講じそうにない。これもまた、局長に似ている。
だからこそ、大久保がそういう、いわゆる裏仕事を一手に担い、手配しているわけだ。
大久保は、体があまり頑丈でないと伝えられている。策略を練り、半次郎ちゃんら西郷派の手練れをうまくいいくるめ、うしろ暗いことをさせているのであろう。
はやい話が、大久保は副長のようなものだ。
西郷と大久保の道は、すでにちがっている。おそらく、坂本のこともあるにちがいない。そのあたりから、道がわかれてしまった。まだしばらくは目的地はおなじで、それにいたるまでの道はときおりすぐちかくまでは接近するであろう。しかし、それもながくはない。
両者の道は、この戦で勝利し、明治政府というあたらしき時代の象徴をつくりあげるのを最後に、二度とまじわることはない。
西郷と大久保は、永遠にわかりあうことはないのだ。
そこのところは、局長と副長とはちがう。
正直、こういうのはせつなすぎる。




