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薩摩のおもてなし

「そんな……。なにも、嫌味をいわなくってもいいじゃないですか」

「わたしがこれに控えているのは、万が一に備えている意味でもある。おぬしがともにいて、万が一のじたいにおちいったとき・・・・・・」

「ああ、そうでした。副長を護らねばなりませんよね」


 それはそうである。万が一ってことはないであろうが、どこからかおれたちの存在をかぎつけ、薩摩ではない他の敵がなだれ込んでこないともかぎらない。

 もっとも、その場合は薩摩の反感も買うことになるが。


 いずれにせよ、いまや江戸ここは敵地である。いつなんどきなにがおこっても、ちっともおかしくないわけである。


「主計主計、そうではない。副長は、永倉先生と島田先生がついていらっしゃる。これほど頼りになる護衛はおらぬ。おぬしがいても、かえって足手まといになるだけだ。のう、兼定?」


 ひ、ひどい。かっこかわいい相貌かおをして、よくもそんな辛辣なことがいえるものだ。


 しかも、相棒は「うんうん」と狼面を上下させてうなずいてるし・・・・・・。


 どうせ、おれは永遠の足手まとい野郎ですよ。


「おいっ主計っ!さっさとこぬか」


 室内から、永倉が呼んでいる。


「ぽち、ひどいですよ。わかりました。じゃぁ、いきますね」

「ああ。しっかりいただいてくるといい」


 脚をふみだしたとき、そのときはじめてかれとおれの双眸があった。


 かれのが赤いことに気がつき、思わずどきまぎしてしまった。


 泣いていたのか……。


 なにがあったのか、ききかけてやめた。かれのオーラが、それを許さなかったからである。


 それに気づかぬふりをして視線をそらし、縁側へと向かう。


 もっとも、かれはおれが気がついたことに、気がついたであろうけど。


 縁側から部屋に入ると、和気あいあいとしまくっている雰囲気に、正直、驚いてしまった。


 車座になり、その真ん中には酒瓶と肴が置いてある。それも、さつま揚げや煮物、焼き魚と数種類ならんでいる。


 おれたちのために準備してくれていたのだとしたら、西郷のことをますます好きになってしまうだろう。

 

 もちろん、BL的な好きではない。人間的にという意味である。


 そういえば、西郷は月照げっしょうという僧侶と錦江湾で入水自殺したことを想いだした。たしか、二人の関係は大河ドラマの原作ではBLチックに描かれており、大河ドラマでも『う、うーむ』ってな感じのストーリーになっていたかと記憶している。


 薩摩藩は、衆道の文化がこの時代でもまだ残っている。BLというよりかは、男同士の絆とか友情の延長線上に、そういう関係があるのかもしれない。


 ついさっき、よくぞ誘われなかったものである。


「ウホン」


 奇妙な咳払いで、BLチックな妄想から引き戻された。なんと、全員がこちらをみあげている。

 しかも、新撰組うちのメンバーは、いまの妄想をよみまくっている。どの相貌かおにも、ニヤニヤ笑いが浮かんでいる。


 ありがたいことに、薩摩藩側は、他人ひとの表情や心をよむなどという失礼きわまりないことをするはずもない。

 みんな、きょとんとしている。


「馬鹿なことばかり想像してねぇで、さっさと座りやがれ」


 またしても副長に怒られてしまった。「すみません」と謝罪しつつ、永倉と副長の間に胡坐をかく。


 湯呑と取り皿と箸が、すでに準備されている。


 そういえば、腹ペコである。朝、ぼろぼろのお堂で深夜の残りを喰っただけである。腹が減るのも当然であろう。


 有馬が、膝行してきて湯呑に酒を注いでくれた。西郷ももちろん胡坐をかいていて、そちらには半次郎ちゃんが注いでいる。しかも、酒瓶ではなく、鉄瓶からである。


 そうだった。西郷隆盛は、下戸で有名なのだ。


「すみません」


 有馬に礼をいったタイミングで、腹が盛大に喰い物を要求しはじめた。


「喰いたもんせ。国から取り寄せたもんじゃ」


 すすめてくれたので、照れ笑いしながら腕を伸ばして喰い物をゲットする。


 この時代、大皿をシェアするというのはめずらしい。

 きけば、長崎の卓袱料理や土佐の皿鉢料理を参考にし、真似ているのだとか。


 さつま揚げはもちろんのこと、煮物や魚、すべてうまい。


 犬喰いは、マナー的にも身体的にもよくないということはわかっている。が、欲求は常識をこえている。人心地つくまで、わき目をふらずに喰いまくった。


 みな、ひいているにちがいない。


 が、この際、それもどうでもいい。


「土方さぁ、近藤さぁんこっは、誠に残念じゃ。心よりお悔やみ申し上ぐっ」


 おれが人心地ついたタイミングで、西郷がきちんと正座し、弔意を述べた。

 さすがの副長も、西郷相手に「態度でかっ!」を貫くのはむずかしいらしい。同様に、正座してから弔意を受ける。


「流山でんこっを、藤太どんからしらせをうけたで、ひそかに総督府へ穏便にすませうよう使者を送ったとじゃ。じゃっどん、力およばず・・・・・・」


 しつこくさつま揚げに舌鼓をうっていたが、西郷の言葉に噛むのを中断してしまった。

 

 咀嚼しきれていないさつま揚げを、思わずごくんと呑み込んでしまった。おおきな塊は、喉に詰まることなく食道を通過してくれたようだ。


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