救世主(メシア)
おねぇは体術、いや、柔術はできるのだろうか・・・。
迫りくるおねぇのきれいな相貌をみつつ、漠然と考える。
web上では、おねぇの柔術についての記載はいっさいなかった。それを信じるとすれば、剣術しかできないことになるだろう。
「い、伊東先生?おれは、先生の思想に興味がありまして・・・」
緊張のあまり、声がかすれているのが情けない。これだったら、抜き身を握って相対する方がよほどいい。
「そうだろうとも。おおいに理解しているとも」
おれの唇を指先で何度もなぞりながら、そう呟くおねぇの声もやけに上擦っている。
なにを、どう理解しているというのだろう?
すかさず、突っ込みたくなる。
それにしても、きれいな指である。掌、そのものは剣術で分厚い。が、きれいに磨かれた爪先には、ささくれ一つない。これが現代だったら、シンプルなネイルでも施しているに違いない。
そう考えていたら、指がじょじょに唇から下におりてくる。そして、一本だった指の数は、じょじょにその本数を増やしてゆく。頸に触れられた。身の毛もよだつ、とはこのことに違いない。
おれは、自分がやさしくないと思っている。なので、いまだかつて霊、というものに遭遇したことはないし、感じたこともない。
本来なら、そういった怖いものに対する表現で使うはずのそのフレーズであろうが、いまのおれの恐怖心は、まだ霊的なもののほうがよほど怖くない、と確信できるほどマックスにまで膨れ上がっている。
「伊東先生?その・・・。おれはあまり・・・。なんというんでしょうか・・・。くすぐられるのが好きではありませんでして・・・」
くすぐられる?
自分でいって、自分で突っ込む。これは、けっしてくすぐっているのではない。愛撫?前戯?なんでもいいが、兎に角、この指を掌ごとどけてもらいたい。
残念ながら、思いは届かぬらしい。おねぇは、さらに妖艶な笑みをひろげ、掌をおれの着物のあわせに差し入れる。
マジ、やばい・・・。
うしろによろめいてしまう。それを助けるがごとく、おねぇの左掌が腰にまわされた。しかも、その掌にこもった力は、美貌に浮かんだ妖艶な笑みとは真逆に、異常に強い。
さすがは皆伝。腕の力は尋常じゃない。っていうか、ここは悠長に感心するところではない。
着物に差し入れられた掌が、おれの胸をゆっくり撫でまわしている。
これまでよんだ漫画や小説の知識から、この掌が、指が探しているのは、おれの乳首に違いない。
超まずい・・・。そして、おれの腰にまわされた左掌もまた、いまやおれの腰を執拗に撫でまわしている。
このままだと、上も下も制圧されてしまう・・・。
そのときである。すこしはなれた茂みが、がさがさと音を立てはじめた。ハッとする間もなく、そこから何者かが飛びだしてくる。
「あっ・・・」
その絶句は、飛びだしてきて、思いもかけぬ光景に遭遇したときの、共通の反応であろう。
小柄なその男は、茂みから飛びだした途端、その場に凍りつく。
藤堂平助。
おれの救世主・・・。