薩摩藩蔵屋敷
「薩摩藩の蔵屋敷は、田町にございます。われらの目的地とは逆にあり、距離は四里ほどございます」
「今日一日つぶれるな。おれたちは、急ぐわけじゃねぇが・・・・・・」
俊春の言葉に、副長は苦笑しつつ永倉に視線をはしらせる。
「おれもかまわぬ。残してきた松本らには、おれがもどるまでうまくたちまわり、万が一にも戦闘になるようならかまわぬから逃げろって、強く命じておいたからな」
永倉は、豪胆に笑う。
かれは、こちらを振り返ると、うしろあるきしながらおれたちをみまわした。
「招きに応じぬわけにもゆくまい。弔意を述べたいっていってるんだ。ここでことわりゃ、それこそ背を向け逃げだすことになる。「局中法度」はべつにしても、おれはごめんだな。それに、この面子だ。たとえなにがあろうと、切り抜けられるにちがいない。そう思わぬか?」
じつにうれしそうである。めっちゃワクワクしているのが、バレバレである。
「新八、あいかわらずだな。そんなんじゃあ、逃げまわってばかりの靖兵隊はいやになるはずだ」
副長は、みじかく笑う。
「ああ。おれは、かわらぬさ。何年経とうが、どこにいようがな。もって生まれた性質は、そう簡単にどうにかできるってもんじゃなかろう?」
永倉もまた、みじかく笑う。
かれは、好戦的であったり、ましてや殺傷をするのを好んだり、というわけではけっしてない。
ただ単純に、ヤバい局面が大好きなのである。ゆえに、危地に飛び込むことになったりトラブルがやってくると、俄然ヤル気になってテンション高っの状態になるのである。
「永倉先生。たしかに、あなたは何年経とうがかわりませんよ」
笑いながらかれをうながし、ともにあるきだす。
「もうすぐしたら、明治という元号にかわります。四十五年つづきます。その明治二十七年に、日の本は清の国と戦争になります。そのとき、あなたは五十五歳。その年齢で抜刀隊に志願したという、逸話が残っています。もっとも、その年齢を理由に断られてしまいますが。これより後、あたらしい政府で薩長土が中心になるわけですが、断られたあなたは、「薩摩も新撰組に手を借りたとあっては、面目がつぶれるよな」って周囲にいうそうです。さらに年齢を重ねてからですが、お孫さんとあるいていて、極道がお孫さんに絡んでくるのです。あなたは、それを気だけで撃退します。さらに最晩年には、大学、大学というのは、二十歳前後の若者たちがいろんなことを学ぶところなんですが、その大学の剣道部員に指導を乞われ、家族の反対をおしきって指導し、体を痛めて馬車で帰宅したっていう逸話も残っています」
おれの永倉ウィキがおわらぬうちに、副長も島田も野村も俊春も笑いだした。
もちろん、相棒もケンケン笑いをしている。
「否定はせんな。おれなら、いまの主計の申したこと、全部やってのける。まちがいない」
そして、当人までゲラゲラ笑いだした。
「以前にもいったかもしれませんが、あなたと斎藤先生は、世のなかから武士がいなくなろうと、刀が消えようと、最後まで武士でありつづけるのです。いえ、新撰組の組長でありつづけるのです」
そうしめくくった。
永倉は、あるく速度をゆるめた。自然、おれも速度をゆるめる。相貌をかれに向けると、かれは視線を地面に向けている。
「そうだな。それも否定せぬ」
そして、視線をあげ、おれの視線とあわせてきた。
かれが不敵な笑みとともに、拳を突きだしてきた。もちろん、おれも拳を突きだし、フィスト・バンプする。
「あ、そうそう。こういう逸話も残っています。晩年、あなたは酒に酔うたびに褌一枚になり、体の傷を叩きつつ「これらは、お国のために働いた傷で、誇りだ」って怒鳴り散らすそうです。つまり、イタイ老人になるってわけです」
これも、みなには大うけである。
「ちっ!それは、左之とぽちたまの影響だな」
永倉は、苦笑とともに責任転嫁する。
原田は酒の席で切腹未遂の腹の一文字傷を自慢するし、双子は褌一丁で賊や刺客を撃退したことがある。
かれは、そのことをいっているのだ。
そして、こんな話をしている間に、薩摩の蔵屋敷に到着した。
西郷と勝の会見がおこなわれたのは、この蔵屋敷であるという説のほか、高輪藩邸など諸説ある。が、蔵屋敷をおす研究者のほうがおおいようだ。
蔵屋敷の裏は、海である。薩摩から船で送られてくる物資が陸揚げされ、蔵屋敷に保管されるのである。
もちろん、現代はこのあたりに海はない。
蔵屋敷は、現代ではJR田町駅からあるいて数分の場所である。あるビルが建っている。そうとわかるよう、「西郷南洲・勝海舟会見之地」の石碑が建てられている。が、そこも再開発の予定地になっていたかと記憶している。もしかすると、石碑はなくなっているかもしれない。
兎に角、海のにおいをかぎながら、おれたちは蔵屋敷の門をくぐった。
ってか、ちゃんとした屋敷の門なのに、門番がいない。門は、びっくりするほどではないにしても、そこそこ立派である。
フツーは門番が一人か二人、立っていてもおかしくはないはずである。
「まっちょったんじゃ」
門をくぐるなり、軍服姿の男が駆けてきた。




